漕艇部 山本荘平さん

「漕艇」…なんて読むの?とは言われないだろうが、あまり日本ではなじみがないスポーツと言えよう。だが、漕艇に4年間青春をかけた男がいた。
 

試行錯誤の末見つけた答え

パートナーは頭があがらなかった!?須田選手(山本選手は写真右)
Q1四年間お疲れ様でした。漕艇部での4年間を振り返ってどうでしたか?

ではではぶっちゃけトークで書きたいと思います。
うーん、正直「楽しかった」というより、「辛かった」印象の方が強いかなあ。

Q2漕艇部の練習場は戸田(埼玉県)ですが、キャンパスが厚木と青山ということで大変だった事でしょう。どんな生活を送っていたのですか??苦労話も含めて教えて下さい。

キャンパスが厚木の頃は、朝練習して学校に来てました。学校が終わってから戸田で練習というのは、時間的に無理なんで。一回の練習は大体乗艇時間が一時間半程度。アップダウン含めて、二時間程度の練習をしていました。一限のときは四時から練習。二限で五時半からの練習。三限で、7時からの練習でした。ボートは、一日漕がないと感覚をすぐに忘れてしまうんで、月曜以外は常に一日一回は漕いでました。後、水曜と土日は二部練でしたねえ。なんで、常に合宿所に泊まってましたね。シーズンは10月までなんで、それまではこんな生活をして、シーズンオフの時は、水土で一部練で漕いでました。厚木の時はオフの日も次の日の朝が早く、気分的に休める日がなかったです。
 青山になってからは、時間にかなり余裕が出来たこと、更にシングルスカル(一人乗り)に乗る機会が増えたこともあって、自分の好きな時間に漕いでました。大体は夕方、土日は二部練してたかなあ。とにかく厚木に比べたら全然楽だった。けど一人乗りなんで、自分のサボり癖との闘いでした。
 今考えれば苦労話は絶えないなあ。部員が少ない。朝が早い。自分の時間が殆どない。練習が辛い。これ以上言うと愚痴になるんでこの辺で(笑)。

Q3漕艇のどんなところに惹かれたのですか?確か高校まではラグビーをやってましたよね?

3、この質問は難しい。自分の中で、ラグビーの存在はかなり大きかったけど、自分にはラグビーしかないって言うのが嫌な気持ちがどこかにあったんだよね。今まで、10年間ラグビーをやってきて他でも自分が出来るというのを証明したかった。勉強は嫌いだったから、他のスポーツで真険にてっぺんを目指したかったのかも。そこで漕艇ってマイナーじゃないですか。これならいいとこまでいけると思って、入部したんだけど、現実はそこまで甘くありませんでした。強いて言えば、漕艇がマイナーだというのに惹かれたんだね(笑)。
 今でも、ラグビーをやってればって思うときがあります。けどこんなことを考えても無意味だし考えんようにしてます。
Q4漕艇を通して得た物はなんですか?また漕艇の面白さとは?

んー、漕艇を通して得たものは自信かな。他の部活のことは良く知らないけど、どの部活よりも精神的、肉体的にきついことをしてきたって言う自信があるから。
 後、漕艇の面白さを人に伝えるのは凄く難しい。前、人にボートをやってるって言って、何であんな単純なつまらん競技やってんの、って言われたことがあるんだよね。「おまえに何がわかるアホ」と思いながらも、そいつに面白さを、伝えることは出来なかった。今でも、人に自信を持って、ボートの魅力は伝えられないなあ。やった人にしかわからんかなあって言う気持ちがあるから。
 けど、レースで一等賞になったとき、ボートやってて良かったなあって心底思ったんだよね。こんな答えでいいっすか?

Q5パートナーである主将の須田さんについて。どんな関係でしたか?

須田には常に、頭の上がらん関係でした(笑)。あいつはとにかく自分で考えて、誰にも言わず一人で、実行する奴なんだよね。実力でも結局最後まであいつには追いつけませんでした。だから、ダブルスカルをあいつと組んでるときに、一言も喋らんかったことが何日もありました。正直そんな須田にはかなりむかついてたし嫌いでした。あいつはオレがあいつのように漕ぐことの出来ないことに不満を感じていたんだろうなあ。俺も、自分のへたれさとあいつの態度の悪さの板ばさみで、かなりノイローゼでした。もう一人同学年で、漕いでいる奴がいたらまた違っていたかもしれないけど。
 けど今振り返れば、須田は凄いと思います。とにもかくにも誰よりも責任感があったし、自分の人生の中で、ある意味、あいつほど芯の強いやつは見たことがないです。今では、あいつは尊敬できる友達かな。

Q6思い出に残る大会あげてください。その理由も添えてお願いします。

三年の東日本選手権かなあ。シングルで決勝までいけたんだけど今まで全然勝てなくてそれがいきなり一人で漕いだら、勝てたんで。もしかして自分には才能があるかもと自惚れた試合でした。

Q7「これだけはやったぞ!」と言えることを書いてください。また逆に「やり残してしまった」という反省の部分はありますか?それぞれ述べてください。

とにかく四年間続けたこと、それを声を大にして言いたいかな。とにかく自分がボートの一員として続けたことがこの部の存続を支えたと思っているから。遣り残したこと、それは須田を超えられなかったこと。あとこの部を大所帯の強豪部に出来なかったことです。

Q8漕艇部の後輩に何かメッセージはありますか?また2003年度漕艇部の注目選手を挙げて占ってください。

8、ボートが楽しいと思えるまで、がむしゃらに漕いで欲しいと思います。後輩で漕ぐのは今のところ江成(江成典久)だけです。あいつには色んな意味で注目しています。
Q9山本さんにとって青山学院大学の4年間はどんなものになりましたか?

この四年間は、とにかく鍛錬の場でしたねえ。けど今思えば悪くない四年間だったです。
右からパートナーの須田選手、山本選手、マネージャー
山本荘平(ヤマモトショウヘイ)
  法学部公法学科
  青山学院高等部
  三月二十日
  AB型
  180センチ
  2000年度 全日本新人選手権男子ダブルスカル準決勝進出
  2000年度 東日本新人選手権男子ダブルスカル準決勝進出
  2001年度 東日本選手権二部男子シングルスカル5位
  2002年度 お花見レガッタ男子ダブルスカル10位
  2002年度 全日本大学選手権男子ダブルスカル準決勝進出