初めまして、広島カープをこよなく愛する松尾(商3)です。さて私とスポーツの関係ですが、私が今のようにいろいろなスポーツに興味を持つきっかけを作った選手の話をしたいと思います。 その選手とは、並村(文3)の私の紹介にもありました、広島カープの前田智徳選手です。前田選手は1990年に熊本工業高校からドラフト4位でカープに入団(ドラフト4位という低い評価に、前田選手はティッシュ箱を空にするまで泣いたそうです)。ルーキーイヤーのオープン戦でスタメンに抜擢した山本監督(当時)の期待に答え、この年一軍出場、プロ入り初ヒット、56試合に出場し、打率.256の成績を残しました。しかし、体の線が細かった前田選手はホームランに対する思いが強く、自分の身長や体格に多少コンプレックスを持っていたようで、「小さい体でも大きいホームランを打てるような体を作ろうと努力しました」と肉体改造に着手、2年目には4ホームランを放ちました。この年、一番打者に定着した前田選手は、カープのリーグ優勝にも大きく貢献しました。時に1991年。松尾少年は小学2年生。西武との日本シリーズを、小学校の先生(もちろんカープファン)が授業中に見せてくれたのを覚えています。しかしカープは秋山・清原(現巨人)・デストラーデ擁する黄金時代の西武に、善戦したものの3勝4敗で破れました。(それから現在まで13年…、私は優勝するカープを見ていません) そして1992年、前田選手のファンが激増するきっかけになった伝説が生まれました。9月の東京ドーム、前田選手は北別府投手(現カープ・ピッチングコーチ)が通算200勝を目指す中で、この日センターを守っていました。ところが、巨人・川相選手(現中日)のセンターライナーを後逸、ランニングホームランを許してしまい、北別府投手の勝ち投手の権利を消してしまったのです。その直後の打席で前田選手は凡退、ベンチで号泣・・・ 解説者の掛布氏は「ここでホームランを打てるほど、プロは甘くない」とバッサリ。そんな中、前田選手は最終回に回ってきた打席でなんと逆転2ランホームランを放ち、カープは逆転勝ち。泣きながらダイヤモンドを一周した前田選手はヒーローインタビューを断り、こうコメントしました。「最後に打てたホームランが嬉しいのではなく、エラーの後の打席で打てなかったのが悔しい。」 たいがいの選手ならお立ち台で「エラーしちゃったんですけど、最後に打ててよかったです」とか言うところ。このとき前田選手は21歳。今の私より一つ下ですが、こんなこと普通言えません。 また、打撃練習でバッティングピッチャーの投げる球が悪かったりうまく打てないと、奇声をあげたり、不貞腐れる。若い頃の前田選手は手に負えない子供のようでした。しかし、バットの真に当てることの巧さ、インコースのさばき方を見た落合選手(現中日監督)やイチロー選手(現マリナーズ)が「天才」と呼び、その姿勢、不器用な性格から、人は彼を「打撃の求道者」「孤高の天才打者」と呼びました。打撃は勿論、守備も良く、盗塁も多かったため、このままいけば球界を代表するすばらしいプレーヤーになるだろうと思われていました。 しかし1995年、悪夢が起きました。神宮球場での対スワローズ戦、前田選手は打者走者として一塁に駆け込んだ際に右足首アキレス腱を断裂。翌年、105試合に出場し、打率.313、19本塁打、65打点という成績を残し、見事カムバックを果たしたものの、痛めた右足をかばって肉離れを起すなど、彼は満身創痍の状態でのプレーを余儀なくされ続けました。このカムバック直後の前田選手へのインタビュー記事が、私に大きな影響を与えました。Numberを読むきっかけにもなった二宮清純氏の記事です。 ・・・・・・アキレス腱の状態について訊ねると、彼は真顔で答えた。「いっそのこと、もう片方(のアキレス腱)も切れんかな、と思うとるんです」 私は一瞬、言葉を失った。 「両方切れるとバランスがよくなるというんです。それで元に戻れるんやったら・・・」 そして、こう続けた。 「前田智徳というバッターは、もう死んだんです」 思うようにならない足への苛立ちと歯がゆさが、自虐的なセリフの中に滲んでいた。・・・・・・ よく考えてみたら、それまでの私は前田選手のことをプレーでしか知らなかったのです。しかし実際選手はいろいろと考えているわけで、それを一般人が知るためにはこうした記事などを読むしかないんです。それからです、私がいわゆる「スポーツノンフィクション」と呼ばれるジャンルにはまったのは。明スポに入ったのも、その延長線上にあるといってもいいと思います。選手が何を考え、何に苦しんでいるか。それは選手が一流であればあるほど、非常に奥深い内容であることが多いです。またそれはフィクションの小説や映画、ドラマなどにはない、本当の生の人間の叫びです。日常生活にありがちな、打算や嘘もなく、真のリアリティを感じることができます。今の私にとって、スポーツはせちがらい日常から離れて、人間の真実の声を聴くことができる場所と言えるかもしれません。 「前様」と私は彼を呼んでいますが、彼は私にとって全てにおいて対極に位置する人間です。しかし私は彼の結果よりも理想の打球を追求するスタイル、怪我と戦いながらそれを乗り越えた精神力、打席で見せるサムライのような佇まいと森高千里との交際疑惑・巨乳好きなエピソードとのギャップ、その全てに魅力を感じています。現代に生きるサムライ・前田を、皆さんも是非応援して下さい。そして今シーズンタイトルを獲った暁には、ともに泣きましょう!! なんだか支離滅裂な文になってしまいましたが、実は前田選手についてまだまだ書き足りない部分が多々あります。それはまたの機会(?)ということで、最後まで読んでくださった方はありがとうございました。さて、次回は明スポで数少ない同士、埼玉育ちのカープファン・箕田(政経3)です。記事のうまさは明スポ屈指、レイアウターも数多くこなしている紙面のスペシャリストです。乞うご期待!! 私とスポーツ バックナンバー