HP連載コラム
 
幻のアウトライン

ただいま早稲田スポーツ新聞会の3年生は全部で、26人います。しかし1年間で作る新聞の数は14。よって1面のレイアウトをやり、1面のアウトラインを書ける人数は14人だけです。そこで、1面にアウトラインを載せられないかわりに、1面のレイアウトをやらない3年生の思いを伝えるべく、ホームページ上で「幻のアウトライン」と題して、コラムを掲載します。


第5回担当 木村歩未
〜迷うこと
  高校時代に習った論語の一節を思い出す。『三十而立 四十而不惑』。『30歳で自分の立場が確立され、40歳で迷わなくなった』とはずいぶん気の遠くなる話だと思う。

思えば、今まで事ある毎に迷ってばかりだった。小学校の部活動を決めるときも誰よりも時間がかかった。高校を決めるのも学年で遅いほうだった。大学も願書〆切前日まで迷いに迷った。そして今もここに何を書いたら良いのか、迷いに迷っている。いつも人から「優柔不断」と言われることが多かった。考えてみると、何かをはっきり決めてしまうことをいつも怖がっているのかもしれない。それが、自分で責任を持たなくてはいけないことだと思えば思うほどに迷う期間は長くなっていく。

今まではそんな自分が嫌いだった。すぐにはっきり決められない、ぎりぎりまで悩んでいる自分が嫌で仕方なかった。でも最近は少し考え方が変わってきた。もちろんやらなくてはならないことをいつまでも悩んで進まない自分には反省しきりだが、迷うことも一つの訓練だと思えるようになった。

たぶんこの性格はいくつになっても変わらない。これからもっと迷うことは多くなるだろう。就職、結婚、出産、もしかしたら転職…。考えるだけで嫌になる。でも少しだけ思う。迷うこともまた人生の楽しみなのかもしれない。迷っている時はつらい。でも迷うから多くのことを考え、多くの選択肢が見えてくる。少しでも自分の可能性が広がると考えたら、迷うことも幸せなのかもしれない。『四十になって惑わず』孔子は言うけれど、40になっても迷う人生、それもまた良いかもしれない。
第4回担当 渡辺こずえ
〜言葉で伝えることの難しさ
   わたしは語彙の乏しい人間である。言葉を知らないのとは違った意味で。文章を読んでいると大抵の言葉の意味は分かるが、自分で使いこなすことができない。感情を適切に言葉に置き換えられず、うまく伝えられないのだ。だが、多くの言葉を用いているから多くのことを伝えられるというわけではないと思う。

君の好きな曲さえ知らぬ一人(いちにん)が君の新婦となる木の芽どき (俵万智「チョコレート革命」)

短歌は三十一文字から成る定型詩の一種である。これは22首から成る章の一首だが、これだけでも情景を思い浮かべることができるだろう。機会があったらぜひ読んでほしい。この章はひとつの物語のようだ。わずか682文字、原稿用紙二枚に満たないにもかかわらず。

言葉を文字で書き表すと視覚的要素が加わる。ひとつは文字から感じられる雰囲気。漢字は表音文字ではなく表意文字なのだ。そして『行間』。これが見えることで文章に表れていないことまで感じられるのではないか。『行間を読む』とはなんてうまい表現なのだろう。

すべてのものが見えるわけではない。見えないものから学んでいかなければならないことのほうが多い。だが、何もしなければそれは見えないままなのだ。言葉にできない想いを抱き、伝えることの難しさに苦しんでもそれは見えないものから発展したことに違いない。これまで自分の中にはなかった新しいなにかを得たのだ。


第三回担当 大塚俊希
〜人生を創る色
  つい先日、アメリカンフットボール(アメフト)のポジション解説を読んでいた時、補色効果という言葉を思い出した。もう4年も前になる。部活動の送別会の際、卒業する3年生が教えてくれた言葉だ。それは例えばある一つの色を目立たすために、わざと目立たない色を周りに使うなどして、特定の色を際立たせるというものだ。一見地味に見える色が重要な役割を果たす。目立つ色、目立たない色、どちらの色が欠けていても美しさは生まれてこない。

アメフトのポジションには実にさまざまな役割がある。TD(タッチダウン)を奪う花形選手もいれば、ただひたすら敵を妨害するだけの目立たない選手もいる。しかし、その目立たない選手がいるからこそ観衆を魅了するようなプレーが生まれるのだ。それはあの日聞いた補色効果の説明とまったく同じだった。

人生も同じだと思う。派手な色を持った人もいれば、地味な色を持つ人もいる。それがうまくかみ合うことで世界は創られている。表舞台で脚光を浴びる色の影で、どれだけの色が働いていることか。お互いの色の良さを知らなければ人生を美しくすることはできない。

わたしの大学生活も3年目を迎えた。昔は派手な色を目指すことが大切だと思っていたが、最近になって地味な色のすばらしさに気付き始めた。この世界に無駄な色など存在しない。これから先の人生、わたしが派手な色になることもあれば、地味な色になることもあるだろう。しかしただ一つ言えるのは、自分がどんな色になろうとその色を大切にするということだ。そして美しい人生を創り出せる人間になりたいと強く思う。


第二回担当 山田久美子
〜守りたいもの
 人様に自慢できるような立派な人生を歩んできたわけでは決してないし、きっとこれからもそうだろう。飽きっぽくて、めんどくさがり屋で、頑固な自分の性格は、私だけでなく周囲の大切な人たちにまでどれだけ迷惑をかけてきた事か。

 そんな私だが、ずっと追いかけてきたものが二つある。ひとつは、このサークルに所属している事からも分かる通り、スポーツ。努力する人たちが眩しくてたまらなくて、自分も輝きたいと思いつづけてきた。
 
 そしてもうひとつは、奈良県の明日香地方。中学時代にとある本によってこの地方のことを知って以来、私はこの地方の虜になった。何の変哲もない、電車やバスの本数も少ないのどかな田舎。今から千年以上も前に、ここに都があったなんてまるで想像がつかないようで、その面影を今でも色濃く残すから、完全に観光都市化している京都よりその信憑性が高い、なぜか懐かしい土地。明日香とは縁もゆかりもなく育った私だけれど、ここを第二の故郷だと勝手に決めた。遥かな過去から時間が止まっているようで、でも、今も確かに人々が生活している明日香。「過去」と「現在」が、少し過去の方に重心を傾けながら、奇妙なバランスで同居しているのをみると、この土地を守ってきてくれた千年間の全ての関係者に感謝であふれかえりそうになる。

 きっと、これもまたいつもの自己満足に過ぎないのかもしれない。でも、この風景を今度は私の力で少しでも長く保存する事ができたら、と思う。私にとっての大切なもの全てを守れるように、強く、やさしくなりたい。それが、飽きっぽくて、めんどくさがり屋で、頑固な私が、大学生活の前半でひとつだけみつけた答えだから。


第一回担当 小峰一之
〜フットサルに学ぶ『向上心』
 昨年から私は地元の友人とフットサルをやっている。もともと中学の頃から、日曜日に近所の小学校へ集まってサッカーをやっていた連中で作ったチームだ。名前は『FCキャベツ』。万事いい加減な性格のキャプテンが、自分の通う学校の友人に「センスいいね」とのせられて命名した。最初は嫌だったけれど、今では結構気に入っている。さて、フットサルは5対5で行う、いわばサッカーの小型版だ。フィールドやボールが小さく、ルールもかなり異なる。そのため巧みなボールコントロールと素早い判断、そして組織力が問われる。攻守の切り替えが速いから、バスケットボールの雰囲気に近いかもしれない。始めは単なるお遊びのつもりだった。だけど試合ではそう簡単に勝たせてもらえない。どうしたら勝てるのか、みんなで真剣に考える。いろいろと練習で試してみる。声をかけ合っていこう、しっかりとパスを回していこう・・・。もっと上手くなりたい、もっと強くなりたい。泉のごとく湧き出してくる、単純で明快な衝動。大学に入ってからしばらく忘れかけていた『向上心』という言葉を、フットサルは・uウ廖w)々に思い出させてくれ・u「拭w)。

成長とは、自分を純粋に高めていく努力の積み重ねの上に成り立つものだと思う。だがそのきっかけはいつどこで訪れるか分からない。何がきっかけになるかも分からない。ただひとつ言えるのは、たとえどんなかたちであれ、ひとつの物事に打ちこむことは決して恥ずかしいことではないということだ。それが将来の自分を育ててくれるのなら、なおさらである。だとすれば、今しかできないことを精一杯やっておいて損はない。勉強、スポーツ、バイト、恋愛。それこそ無限の可能性を、私たちだれもが備えているのだから。

今年も希望に満ちあふれた4月がやって来た。春の息吹をあちこちに感じながら、残りの学生生活の中で確かな成長の時を刻みたいと思う今日この頃である。

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