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GCCX菅Pコラム 50歳AD@笑いの現場

GCCX菅Pコラム 50歳AD@笑いの現場

1964年生まれ。「ゲームセンターCX」プロデューサー。「vs嵐」ディレクター。「秘密のケンミンSHOW」ではフロアでカンペも出す現役最年長AD。過去には「4時ですよ~だ」「冒冒グラフ」「タモリ倶楽部」etc.バラエティー番組を中心に約4,000本を担当。 映画「風花」「血と骨」のメイキングも。

内定→アルバイト→?

[2016年1月20日15時10分]

  • TL
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 もともと就職活動を始めた時点ではテレビ志望ではありませんでした。家が自営業だったので自分としてはサラリーマンになりたいと。“ちょっと変わったサラリーマン”が希望だったのです。

 商社を中心に就職活動を開始。しかし友達のなかで一番早くいろいろ回り、一番熱心だったにもかかわらず内定が全く取りません。それでもなんとか役員面接までたどり着き人事の方からもほぼ大丈夫と言われた「日本紙パルプ商事」。僕も行く気満々だったのですがなぜか不合格になってしまいました。頭の中が真っ白、目の前真っ暗です。今から思うと大した話ではないのですが初めての挫折でした。

 「こうなったら好きな事をして生きていこう…」

 開き直った訳ではないのですが別の生き方を模索。大好きなテレビの世界です。知り合いのテレビ制作会社の方に頭を下げ、めでたく内定をゲットしました。

 <おふいすまどか>

 最初に入った大阪の制作会社です。設立して数年、社員10数人の小さな集団でした。内定と自分では思っていたのですが実際はアルバイトみたいなもので

 「明日から来れる?」「分かりました」

 簡単なやりとりで業界の仕事がスタート。1986年…大学4年の9月のことです。テレビ部門を志望していましたが最初についたのはラジオ。MBSラジオ「すみからすみまで角淳一です」のADです。日ごとに条件を出してそれに合う方に電話してきてもらいトークをする…2WAYをいち早く取り入れてお昼の人気番組でした。

 角さんは関西では知られた人気アナでしたが気さくな方。入りたての大学生ADに対してもとても温かくかわいがってくれました。ラジオの現場の良いところは少人数でアットホームな空気…。条件を決める時も積極的に意見を聞いてくれるのです。そういう中からADをスタート出来たのは本当にラッキーでした。ただ何も知らない駆け出しなので、例えばD卓にコーヒーを置いてめちゃくちゃ怒られたり(こぼすと機械が壊れるので飲み物置くのはNG)失敗も多かったですね~。

 「…このままラジオの現場でやるのも楽しいなぁ~」

 2週間が経過しそう思っていた矢先上司に呼び出されて通告が…

 先月まで内定もらえずあたふたしてたのに今度は転勤? しかもまだ大学生です。それで一応ゼミの先生に相談したら卒論さえ出せば問題ないとの解答。さすが京都産業大学、考え方がおおらかですね(笑)。

 「めったにできない経験だから楽しんできなさい!」

 そう言って送り出してくれました。友達からは

 「生き急いでる…」

 と笑われながら初の1人暮らし&東京LIFEが始まったのです。

 《雑記》それにしてもあの時商社に決まってたら人生は全く違ってましたね。街でスーツ姿のサラリーマンを見るとふとそちら側の自分を想像してしまいます。お調子者のムードメーカーとして宴会などでは活躍したでしょうが出世は望めなかったと思います。

  • TL

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