「エースのジョー」の美学をかいま見た気がした。

 巨人菅野が4連続完封に挑んだ今月上旬、65年の達成者で、巨人V9初期を支えた城之内邦雄氏(77)を取材する機会に恵まれた。

 真っすぐに伸びた背筋と、鋭い目元。「俺の4連続完封、そんなにすごい記録なの? ここ最近、いくつか取材のお願いを受けたよ。すごいなんて思ったこと、なかったなあ」と冷静に振り返る姿が印象的だった。

 当時のローテーションは中3~4日が常で、先発翌日のリリーフ待機も当たり前だったという。「そういう時代。先発でノックアウトされたら、また次の試合に先発した。俺、それで負けたこと、なかったなあ」。信念は1球入魂。ただ目の前の打者を抑えることだけに集中した結果が完投となり、気づけば4連続完封になっていたと回顧する。

 入団から5年で101勝を積み上げた。周囲からはエースと呼ばれたが、自身の実感は違った。「自分がエースだなんて、思ったことないよ」。マウンド上では記録もプライドも頭になく、ただ勝利のために投げ続けた。「だって後ろで長嶋さん、王さんたちが一生懸命に守ってくれるんだよ。俺が打たれ出すと、マウンドに来てアドバイスをくれる。打たれても取り返してやるから思い切っていけ、とか。だから一生懸命投げた。全球、勝負したよ」。バックが守りやすいようにと四球を嫌った。常に1球で打ち取ろうとする意識はチームのためにあった。

 入団1年目から56試合に登板して24勝(12敗)を挙げた。7年目で登板数は300を突破。その影響か、以降は腰痛に悩まされ、登板数と勝ち星を伸ばすことはできなかった。それでも、太く短く投げ続けた投手人生に後悔はないという。

 「だって、とにかく投げたかったから。そのために毎日節制、節制ですよ。いつも長袖を着て肩当てをして、食事も必ず家。女房がメニューを工夫してくれた。感謝だよな。7年間、よく持った方だと思う。今の人たちは長くできるね。でも俺は全球勝負してきたから、後悔はないんだ」。

 骨太で筋の通った信念こそが、プロ野球史に残る偉業を残す原動力になったのだと解釈している。【巨人担当=松本岳志】