「普段通り」に「ありがとう」を詰め込んだ。

10月3日広島戦(マツダスタジアム)。同点の8回に阪神能見は2イニング目のマウンドに立った。先頭の9番の打順で、球場から大歓声が起きる。「代打新井-」。能見はいつもと変わらず鉄仮面。新井も変わらないルーティンをこなした。間合いを探りながら、新井が構え、能見がセットに入った。経験を積んだ2人にしか出せない、独特の雰囲気を醸し出しながら。

時間にしてわずか1分58秒の最後の勝負は、カウント2-2からの5球目、144キロで二ゴロに終わった。能見は打ち取っても足場をならし、表情を変えない。打ち取られた新井も、能見の方を向くことなく、走ってベンチに戻った。能見は考える余裕もなく、最後の対戦になることに気付いていなかったという。ただ偶然とはいえ、投じた5球はすべて直球。何かに導かれるように、最後の対戦は真っ向勝負だった。

力と力、技と技、読みと読みをぶつけ合った数々の勝負。能見は思い出の対戦に、05年を挙げた。「あれ打たれたの、俺やから」。新井は初の本塁打王を射程圏内に、阪神金本と終盤まで激しく争っていた。9月24日の広島市民球場での試合。4回に能見は右翼ポール際ギリギリに43号を浴びた。最終的に金本は40本。能見は「打たれたくなかったんだけどね。ぽとーんって」と笑った。

最後の対戦を終えた新井は「能見にはありがとうと言いたい。たくさんの思い出があるからね。まだまだ頑張ってほしい」とコメントした。甲子園に戻ってきた能見も「特別な思い? もちろんありますよ」と鉄仮面をとって遠くを見つめた。2人の対戦は通算68打数26安打、打率3割8分2厘、19打点。6本塁打、10三振だった。【阪神担当=池本泰尚】