ヤクルトなどで活躍した一般社団法人日本ポニーベースボール協会の広澤克実理事長(60)は12、13年にカンボジアで野球を教えた経験を持つ。野球未開の地での体験とは-。

日本ポニーベースボール協会の広澤克実理事長
日本ポニーベースボール協会の広澤克実理事長

グラウンドに到着する。真っ白な牛が芝生を食(は)んでいた。「練習するには、まず牛さんにどいてもらわないと。でも、どいてくれない。追っ払っても戻ってくる。雑草より芝生がうまいんだろうな。やたら夢中で食べてる。出てもらうのが大変だった」。

ようやく練習開始、と思ったら、牛のふんだらけ。そして、雨期特有の激しい雨で、瞬く間に水たまりができる。もう、何もかもが混然一体となり、足の踏み場もない。

広澤さん でもな、選手はそんなの平気なんだよ。はだしで気にせず動き回ってる。こっちは臭いし、気になるし、おっかなびっくりだけど。それが不思議なんだよ。人間って慣れるんだ。ノック打って、ボールにふんがついても、パパッとユニホームで拭いて。自分の順応性に驚いたよ。

牛を追い、スコールを浴び、ふんまみれ、水たまりのグラウンドでノックをして、やがて昼前から3時間の休憩に入る。「東京の真夏の蒸し暑さなんてもんじゃない。猛烈に蒸し暑い。休むしかない」。この時間を利用し、選手たちは夕飯の準備。近くには内戦の爆撃でできた野池がある。そこで魚を捕る。「どぶ臭いけど、彼らは上手に臭みを抜く。手際良く、みんなが自分の夕食分を調理している。米は自宅から持参。すごいなと。たくましい」。

一方の広澤さんは持参したカップ麺。3分待ってフタを開ける。ブワッと虫が麺に殺到。「もう、びっくり。虫で麺が見えないんだから。慌ててフタをするだろ。そして、虫を追い払ってから、一瞬フタを開けて麺をすすって、またフタを閉める。大変だよ」。

食の中に、その国の習慣が見える。現地では何を食べているのか、根っからの好奇心で現地の食事にトライした。

広澤さん クモとタガメは食べた。油で揚げるんだけど、クモはタランチュラ。大人の手のひらくらいでかい。それが、ココナツミルクの風味。ナッツみたいだな。でも、それならナッツ食べた方がいいなと思った。タガメは洋梨の香り。これも、そんなら洋梨食べようと。詳しく調べたわけじゃないけど、タンパク質が足りないのかなと感じた。みんな体は小さい。身長も170センチあるかないか。

休憩時間にみんなでセパタクローをした。広澤さんもボールを蹴るが、うまくいかない。「そうしたら、みんな笑ってさ。何だ、下手じゃないかって。楽しそうだったよ」。

1週間の滞在を2年間で2度。十分な時間ではなかったが、現地での経験は大きかった。「もっと野球がうまくなりたいという強い思いは感じた。そして、もっと下の世代にも教えて、いつか日本のプロ野球やメジャーで活躍する選手がカンボジアから出てほしいって、そんなこと言ってくれたよ」。

体が大きく、運動能力があって、技術を身に付け、学習能力が高い。そんな素材が野球が盛んな国では求められるが、広澤さんが直面したカンボジアの野球事情は、それとは何もかもが違っていた。【井上真】