<センバツ高校野球:日本航空石川10-0膳所>◇24日◇2回戦

 超満員にふくれあがった三塁側アルプス席、膳所応援団の人文字「Z」が揺れた。1回、いきなり満塁の好機をつかんだ。守りでも大胆なポジショニングで、スタンドの度肝を抜いた。

膳所対日本航空石川 4回に続き、7回も4番上田を迎えて右寄りのシフトを敷いた膳所ナイン(撮影・田崎高広)
膳所対日本航空石川 4回に続き、7回も4番上田を迎えて右寄りのシフトを敷いた膳所ナイン(撮影・田崎高広)

 「あすこ(1回満塁)で1本出ていたら違ったでしょうね」。ネット裏で見守った日本高野連副会長の西岡宏堂(74)が笑顔で振り返った。膳所には40年前、1978年(昭53)夏以来の晴れ舞台。当時の監督が西岡だった。「なかなかつらい試合だったんです」。

 桐生(群馬)に0-18で大敗した。滋賀大会を制したエース藤本譲が肩の不安を訴え、満足に投げられない状態だった。優勝後、投球禁止令を出し、甲子園がぶっつけ本番だった。打線は、のちに早大に進んで活躍する木暮洋から1安打だけ。実は大きなプレッシャーもあった。同年春、前橋(群馬)の松本稔が史上初の完全試合を達成した。相手は同じ滋賀の比叡山だった。「夏もまた群馬を引き当てた。木暮君は春4強、いい投手でした」。膳所は1回に四球を選び、完全は消えた。2回、内野安打でノーヒットも切り抜け、ホッとするようなありさまだったという。

 センバツは膳所中時代の34年(昭9)に滋賀勢のトップを切って出場し、和歌山中に0-2で敗れた。56年は中京商に、59年は高知商に延長の末、サヨナラ負けしている。夏も2度、初戦で大敗した。そんな時代を経て、今がある。

膳所高校野球部データ班の高見遥香さん(右)と野津風太さん(撮影・宮崎幸一)
膳所高校野球部データ班の高見遥香さん(右)と野津風太さん(撮影・宮崎幸一)

 今年のチームを引っ張る主将の石川唯斗(3年)が話した。「普通にやっていたら勝てない。データを使い、新しい野球をやろうと始めたんです」。昨年、データ解析専門の部員を募った。野球経験を持たない野津風太、高見遥香(ともに2年)の2人が「データ班」として加わり昨秋の県8強に進出した。「新たな野球とのかかわり方」が評価され21世紀枠で出場が決まった。ちなみに選考委員会に西岡の姿はなかった。かかわりのある学校が候補となり「発熱」を理由に欠席した。

 初勝利を目標に掲げていた主将の石川は、大敗をこう話した。「(データが)はまっていた部分はあるが、いかしきれなかった。実力や技術の足りないのを実感した。2人の努力が報われるように頑張らないと」。一方、スタンドにいたデータ班の野津は「データの有力性は示せた。夏に向け精度を高め、もっとサポートできたらと思います」と分析した。

 膳所には「栄養管理班」の構想もあるという。清水雄介部長(25)は「いろんな形で野球にかかわってくれる人が増えれば」と話す。もう打って投げて、が野球ではない。膳所は別の角度からも野球と取り組み、初勝利をつかもうとする。(敬称略)【米谷輝昭】