悲喜こもごも。弱肉強食の厳しいプロ野球の世界。ひのき舞台での戦いは華やかにも見えるが、ここ鳴尾浜球場では生死をかけて野球に取り組んでいる選手がいる。ソフトバンクのロッカー室。ある1人の選手のバッグに目が止まった。いくつか持参しているうちのひとつだが、元々はきっちり印刷されている数字(背番号)の上も、手書きで、123と書き直してあった。自分で書いたもの。支配下登録選手から、育成選手に降格されたプレーヤーのバッグだ。当人の気持ちを察すると声をかけたいが、22歳、まだ若い。再起のチャンスは十分ある。2011年のドラフト4位。大きな夢を抱いて島根の開星から入団。白根尚貴内野手だ。

 故障がちだったため、ウエスタン・リーグの公式戦でもなかなか出番は回ってこなかった。厳しい立場に追いやられていたが、それでも、昨年は3軍で93試合に出場。チームトップの10ホーマーを放って自分で光を見い出した。

 「やっと野球ができるようになりました。これからです」(白根)

 今季は結果が出ている。気持ちの上でも前向きにはなっている。白い歯がこぼれるようになった。守備につく時、ベンチへ帰る時の足どりは軽い。体も均整がとれてきた。入団当時は100キロ以上あった体重も一時は27キロぐらい落ちて体重が70キロ台になったことがありましたが、いまは持ち直して90キロです。自然に落ちました」。

 身長が185センチある。確かにスリムに見える。

 気持ちが乗ってくると、物事はおのずといい方向に回転する。阪神3連戦の初戦は雨で中止になったが、あくる日の試合では右方向へ2安打した。特に7回の右中間二塁打は勝負を決める2点追加のチャンスメーカーとなる一打。チームの勝利に貢献した。2試合で放った3本のヒットはいずれも右方向。長打を持ち味とする白根のイメージとは相反するところはあるが、バッターボックスでの白根をよく観察していると、意外なところに気がついた。カウントが追い込まれたところで必ず実行するのが、バットを半にぎりほど短く持ち替えて投手に対応すること。

 本人いわく「短く持った方が右方向へ打ちやすいから」だそうだが、史上最強の助っ人といわれる阪神バースも必ず実行していた方法。

 藤本バッティングコーチの話しを聞いてその意味もわかった。

 「今年はまずまずの成績を残していますが、彼の場合、どちらかというと調子を落としてしまうとなかなか立ち直れないタイプ。現在の白根の立場からしたらまず支配下選手登録されないといけないわけで、ホームランもいいが、右方向にも対応して結果を残していかないと生き残れない。そういうことも頭に入れてやっていかないと」。

 同コーチといえば、現在1軍で大活躍している柳田のフルスイングを指導してきた。いまやトレードマークとして定着してきたが、私は、柳田がファームで腕を磨いていた時代に何度か取材してきた。藤本コーチの徹底したアドバイスが現在の同選手をつくりあげた。さて、白根は…。

 「一時はファームのゲームにもなかなか出場できず、気持ちの上でもいろいろ考えたりしましたが、今年はやっとこの世界でスタートが切れたような気がします。今年ダメならもうあとがないと思ってやってきましたが、ウエスタンでも初ヒットが出ましたし、こうしてある程度の成績が残せますと、気持ちも前向きでいい方向に進んでいると思います。今は野球が楽しいです。バットスイングなどは欠かしたことはありませんが、これからも大いに練習して、支配下選手にはなれるように頑張ります」。

 白根はそう言ってニッコリ笑った。5月18日現在の成績が、117打数36安打3ホ本塁打11打点。打率3割8厘と好調。与えられた試練は自分にうち勝つチャンスだと思ってほしい。バッグに手書きした背番号「123」。今度は3桁の数字の上に、2桁の数字を書き入れてほしい。