1軍に昇格するや、即、甲子園球場のバックスクリーンへ2号2ランをたたき込んだ。己を大アピールしたのは阪神陽川尚将内野手(25)。若手の成長は大いに喜ばしいところだが、私的に言うと少々予定を狂わされた感がする。鳴尾浜通信、今回はこれからの陽川を占う貴重な材料になるとみて、プレッシャーの中の同選手を取りあげようと、しっかり取材をして、きっちり手を打っていた。

 実を言うと陽川、大変な記録が射程圏内に。ウエスタン・リーグの3冠王である。ファームとはいえ心、技、体の成長なくして簡単にとれるものではない。果たして重圧をはね除けて獲得できるか。それとも重圧に飲み込まれて沈没するか。と、注目した矢先の1軍昇格。思うようにならないのが世の常。仕方ない。急遽、甲子園球場へ取材に走った。

 聞きたかったのは、ウエスタン・リーグの「3冠王」と、「1軍昇格」の二者択一を迫られたときの心境と、選択したときの気持ちである。ピッチャー出身の私には野手の人の心の奥深くまではよくわからない。ファームとはいえ、3冠王ともなればバッターとしての血が騒ぐものだと思っていたので話を聞いてみたかったのだ。返事は予想どおりの内容だった。「全く迷いはありませんでした。1軍昇格を即決で決めました。いま以上に自分をアピールできるのは1軍ですから」(陽川)確かにそうだ。ファームの3冠王より1軍首脳陣の目の前で、たくさんのファンの前で実際見せるヒット1本、2本を積み重ねていく方が自身の評価が高くなるのは間違いない。

 選択は間違いない。おそらく、選手全員が同じ事を考えただろうが、私、第三者である。愚問ではあろうが個人的な意見をして言いたいのは、1軍に昇格した場合の答は結果そのままでしか判断されないが、3冠王狙いの場合、いろんな顔が見られて今後の育成に役立ったような気がする。実は、掛布監督にお願いして、同選手に注目していく手はきっちり打っていた。「プレッシャーがかかっているときのプレーを見てみたいので、大いに重圧をかけてほしい」と。同監督は「僕も見てみたい」と心良く引き受けてくれた。そして、その場を本人がタイミングよく通りかかると、即ひと言。「問題は打率やな。あと残り9試合だからヒット13本は必要かな。15本打ったら文句無しや」。これが9月14日の話。首位打者へのアドバイスだが、実は同監督はこの日の交流戦のゲーム前「絶対とれ」の監督命令を発し、すでにプレッシャーを与えていた。

 実際にその過程を追いかけてみたかったが、いまさらこのコーナーでツベコベ言っていても仕方ない。それより陽川が今後1軍でいかにいい結果を出すかの方が大事だ。幸いにも最近は好調だった。昇格した初戦のDeNA戦の一発、ウエスタン中日戦での3ラン。その間のプロ、アマ交流戦での2試合でもソロと3ランを放っており、対戦相手はどこであれ4試合連続ホーマーは立派なもの。別の中日戦では5打数5安打の乱れ打ちもしている。好調の要因は…。指導にあたる掛布監督と陽川の話が一致していた。まさしく調子のいい証でもある。同監督「体のためがしっかりしてきましたね。いままでは、右足1本でピッチャーの投球を待つ間、右足がゆれていましたが、いまはピタッと止まっています。ちょっとしたことですけどね」と分析。

 陽川の分析も「体のためがしっかりとれるようになりました。だから、球がよく見えるようになりました。上体が前に突っ込まないようになっていい結果が出ています」。体のためはバッティングでもピッチングでも大事な技術のひとつ。少々気になるのは覇気があまり表面に出てこないところだが、プレーに自信が持てるようになればすべてが解消される。1軍昇格。いまその場に立っている。「1軍に呼んでもらってよかったという結果が出せるように頑張ります」と気合は十分の陽川。選択に間違いはない。見る目はファームの3冠王から1軍定着。注目度は高くなった。

【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)