ピッチャー、投げることが仕事である。「無事これ名馬」。故障はしないにこしたことはない。誰もが細心の注意を払ってプレーしているが、予告なしにある日突然として襲ってくる。肩を壊す人。肘を痛める人。腰に激痛が走る人。ほかにも背中に違和感を覚えたり、足を痛めたりもする。体のいたるところに出没。誰もが一度は通る道だが実に厄介な代物である。私も何度かは経験したが、誰のせいでもない。自己管理の問題でクレームをつけにいくところはない。

 投げるのが商売でありながら投げることができない自分が情けない。自分自身に腹が立つ。自己嫌悪に陥る。連日もんもんとした日が続く。悩み、苦しむ。つらい毎日を送っていたのは広島の守護神・中崎翔太投手(24)である。昨シーズンの胴上げ投手。チームを25年ぶりのリーグ優勝に導いたクローザー。が、最終盤になって腰痛に襲われて今季は出遅れている。もう球歴を細々と説明するまでもないだろうが、一応簡単に紹介すると2010年のドラフト6位。日南学園から入団して今季7年目。背番号が昨年から56番→21番に変更している。

 待ちに待った投げられる日がきた。気持ちは高ぶっているが心境は複雑だ。うれしい反面怖いのだ。もし、少しでも腰に痛みが走るものならまた出直しだ。キャッチボールからそっと投げてみる。痛みがない。ホッとひと安心。ようやくブルペンのマウンドに立つものの、はじめはキャッチャーを立たせたままのスタート。やっと本格的なピッチングができるようになる。腰に痛みはない。イライラから解放される。不安で後ろ向きだった気持ちが、いい球を投げるための前向きな精神状態にかわっていく。笑顔が戻る。全力投球OKになるも、今度は自分の思う球がいかない、また悩む。何度も何度も同じことを繰り返しながらの調整。遠回りだがこれも故障したがうえでの代償だ。

 「もう大丈夫です。痛めたところをほぐしながらリハビリをずっと続けてきましたが、痛みがとれてからはランニングを中心にして再度体を作ってきました。故障はするもんじゃないですね」

 中崎の話である。つらい思いをしたのだろう。これまでの過程を振り返る表情は真に迫っていたが、もう前を向いている。試合後のランニングにもその気持ちがにじみ出ていた。外野を1組3、4人で組んで走っていたが、行きも帰りも常に先頭に立っていた率先した行動が中崎の精神状態を証明していた。

 クローザーには絶対条件の連投も試した。186センチ、100キロ。デカイ。思いっきりのいいピッチングは迫力満点。調子は上向き。少々欠けているとしたら球のキレが……。登板の準備は着々と進んでいる。水本監督「かなり戻ってはきていますが、いまひとつ物足りないといえば球のキレですかね。球のキレで勝負するピッチャーですから。ただ、1軍と2軍ではマウンド上での気持ちの持ち方が全然違いますし、上のマウンドにあがればガラッといい方に変わる可能性もありますから」明るい見通しだ。佐々岡ピッチングコーチ「なんとか連投できるところまできましたし、もうそろそろとも思っていますが、あと1試合ぐらい様子を見てからとも思っています」近々の昇格をにおわせていた。

 今季の初登板(ウエスタン)が5月9日のオリックス戦。鳴尾浜球場では同月16日、17日の両日で連投した。調整は急ピッチだがよく連投したあくる日の体調が問題視される。その様子によって今後を判断するケースも多い。取材してみた。「今日は試合に投げる予定はありませんでした。ピッチングもしていませんが、故障したところの違和感は全くありません。連投できたということで気持ちの面でも楽になりました。これで前を向いて行けます。どんどん調子をあげていきたいですね」(中崎)昨年までの守護神。連続優勝するためには欠かせない戦力。故障からくる苦悩からは解放された。苦しむのがマウンドなら、気持ちを癒してくれるのもマウンドである。復活する人。消えていく人。あとは自分との闘いだ。まだ遅くない。

【本間勝】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「鳴尾浜通信」)

広島中崎(2017年2月11日撮影)
広島中崎(2017年2月11日撮影)