イチロー引退記念「高原のねごと」スペシャルです。最後に当欄からのお知らせがありますので、合わせて読んでいただければ幸いに存じます。

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すでに至るところで話題になったイチローの引退、そして引退記者会見。ここではあの会見の異例さ、特別さを中心に書きます。

■イチローは、やはり、おそろしい

21日のアスレチックス-マリナーズ戦(東京ドーム)が終わった後に行われた深夜の記者会見。地上波は途中で切れたようですがBS、CS、さらにネットの中継などで多くの方がライブで最後まで見届けたよう。これだけでもスポーツ選手の記者会見としてはめずらしく、視聴率も高かったようですが驚いたのは「業界内視聴率」でした。

この会見に出た後、オリックスと阪神のオープン戦が行われた京セラドーム大阪に行きました。そこでこれまでにないぐらい声を掛けられてしまいました。オリックスはもちろん、阪神の選手、コーチ、関係者から「見てたよ」「質問してたな。声ですぐ分かった」「聞きたいこと、聞いてくれたわ」などなど。本当に驚くぐらいでした。

これまでの取材生活から得た個人的な感想を言えば、この世界の人々は自分以外の他者に意外に興味がないケースが多いということです。結果が出れば高収入、ダメなら無職になる厳しい世界。どんな選手でも、心のどこかで「自分が一番」と思っているし(それでいいのですが)、他の選手について、口ではともかく、実際はあまり気にしていないものです。

しかし、そこが、やはりイチロー。平成の世の中で名実ともにもっとも名前を売った野球選手です。どう思っているかは別にして、誰しもその引退会見に興味を持たずにはいられなかったのでしょう。本当に球界関係者、みんなが見ていた。そんな印象すら受けました。イチローのおそろしさというほかないでしょう。

■超異例の会見

それにしても異例の記者会見でした。2戦目の試合中に「試合後に会見を行う」という発表があった。ところが試合が延長戦になり、なかなかゲームセットとならない。言うまでもなく大リーグの場合、引き分けはありません。東京ドームだろうかどこだろうか、基本、決着がつくまでやる。例えば延長20回とかなった場合、それでも試合後に会見をやるのか。それは一体、何時からなのか。そんな不安がわき起こってきました。

結局、始まったのは22日の午前0時前という比較的まとも? な時間でした。しかし、そこからまさかの1時間23分。会見から取材に来た人は知りませんが、午前中からなんだかんだと仕事をしている記者たち、しかも私のようなおっさん記者たちにすれば、やや頭がボーッとなっていたことは否定できないところでした。

集まった報道陣もユニークでした。普段からイチロー、野球を取材している我々スポーツ紙、一般紙、もちろんテレビ局の面々は当然として、雑誌、さらに正直、私は知らなかったネットメディアの記者たちもいました。

どちらかといえば、これまで限られた人間にしか話をしてこなかったのがイチローです。土壇場でここまで取材する人の幅を広げたのは不思議でもあり、面白くもありました。

個人的な感想を言わせてもらえば「それはここでする質問かな」というようなものも交じりましたが、イチローはそれらをすべてうまくこなしていきました。相変わらずのクレバーさだ、と思ったものです。

■イチローの「ねぎらい」

そんな会見でイチローの発言がさえ渡りました。世間をうならせる答えと同時に質問者に突っ込む発言も飛び出したのは周知のところです。

私は引退後について聞いたのですが「質問はシンプルにお願いします」と言われ、焦って「だから…」と言いかけると「マイクを使って」と追い打ちを掛けられてしまいました。

これ、普段の取材なら「シンプルやんか」などと返せるのですが、そこは、何しろテレビカメラで全国に流れているライブでの質問。やはり硬くなってしまったのか、言葉遣いまでおかしくなってしまったような気がします。

その他も「声が小さいよ」「それ、さっき言いましたよね? 集中してないの?」などというフレーズがイチローの口から出ました。

これらにはある共通項があります。イチローがああやって突っ込んだ記者は、みんな「昔からイチローを取材してきた顔ぶれ」だったという点です。さらに後で会見を見返して思いましたが、表情も少しリラックスしているように見えました。

94年の210安打でデビューして以来、イチローの取材は、ある意味、真剣勝負のようなところがありました。つまらないことを言うとピシャリとはねつけられたり、鼻で笑われたり…。こちらもオリックス時代から何度もそんな経験を繰り返してきました。

あの会見での突っ込みは、そういう“勝負”を繰り広げてきた面々に対するイチロー流のねぎらいだったのかもしれない。あれから約1週間がたったいま、そんな気がしているのです。

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「高原のねごと」の筆者・高原寿夫は大阪本社版の紙面で連日、阪神密着コラム「虎になれ!」を掲載しています。

新聞紙面はもちろん、インターネット情報の強化も目指す日刊スポーツにあって「虎になれ!」もネット掲載するにあたり、試験的に2、3月は「高原のねごと」への転載という形を取らせていただいておりました。

今季の開幕からは「虎になれ!」は別のコーナーでお届けします。味わいの違う両コラムを今後ともご愛読いただければ幸いです。