いつもは2軍戦から注目選手を取り上げる田村藤夫氏(62)が、甲子園取材を通じて得た情報を元に「特別編」として高校野球を全4回リポートする。

最終回は、やはり一番気になった捕手の有望選手について。

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気が付くと捕手の配球を確認しながらその意図を考えている。もう習慣になっている。配球に正解はないと言われるが、私の感覚に沿って高校生の配球を見ていると、予想を超える特徴的な内角球の使い方に驚いた。

聖光学院の山浅龍之介捕手(3年)をじっくり観察したのは敦賀気比戦だった。2つのケースがあった。右投手とのバッテリーだった。右打者に対し外角スライダーから入る。そして内角まっすぐを2球続ける。打者に内角を強く意識させる狙いがあるのだろう。打者心理からすれば、この配球なら勝負球は外角スライダーでは、と読んだ可能性はあった。その通りなら、もっともオーソドックスな攻め方になる。

山浅が要求したのは外角真っすぐだった。打者の意識は、ストライクからボール球になるスライダー。初球のスライダーが記憶に新しく、さらに2球続いた内角球によって、その記憶がさらに強くなったはずだ。そこへ、ベース板の手前まではスライダーと同じ軌道の真っすぐ。ボールゾーンへ外れると予想する打者は手を出さない。その思惑を見透かすように、真っすぐはそのまま外角へ決まる。会心の見逃し三振となった。

もう1つは、まず内角を真っすぐで攻める。ここでも内角真っすぐを続けることで追い込んでいく。バッターの頭には内角真っすぐの残像が残る。そして、外角に1球投げておいてから、最後に内角にスライダーを要求した。

打者心理からすると、内角真っすぐのイメージが強い中で、さらに打者に向かってくるボールの軌道に、思わず体がピクッと反応してしまう。内角真っすぐが体に当たると身構えてしまうのだ。そして、そこからストライクゾーンにスライダーが決まり、これも見逃し三振となった。

高校野球をそれほど多く見ていないため、高校生捕手がこんな内角球の使い方をするんだ、と多少の衝撃を受けた。よく打者心理を考えている。もちろん、捕手の要求通りに投げる投手の技術があってはじめて成立する配球だが、良く考えている。どう攻略するか、打者の気持ちになって配球を練り、勝負球から逆算しての組み立てになっている。

高校野球では、投手の力量がものをいう。球威、決め球の変化球、そして制球力。そういう部分を前提に、まずは投手が投げやすい配球が基本線になるだろう。だが、バッテリーとしての力量が充実していれば、いかに打者に狙い球を絞らせないか、打者にフルスイングさせないか、タイミングを狂わせるか、そういう視点での配球も必要になってくる。

プロ野球では同じ打者とシーズン中に何度も対戦する。だから、1試合4打席の中で、打者の思惑の逆をいこうとしたり、今度はその捕手の考えを打者が読んだりと、心理戦が展開される。

一方の高校野球は常に一発勝負のトーナメントだ。練習試合で手の内を知っているケースもあるだろうが、打者からすれば、ほぼほぼ初見の投手のボールを打たなければならない。加えて山浅のように打者の思考を理解し、その弱点を突いてくる配球は、殊更に光るものを感じる。

敦賀気比戦では見事な配球を見せてくれたが、その後の配球では苦労の跡も感じられた。山浅のイメージ通りに投げる制球力が投手になければ、捕手の戦略も奏功しない。むしろ、布石を打つ内角球が甘く入り長打を浴びる。制球に自信がない投手をどう導くか、山浅には、これからそうした応用力が求められる。

むしろ、制球力のある投手にはできる配球の組み立てよりも、まだ不安定な投手にどう配球し、リードしていくかの方が、捕手が担う本来の役目なのだとも感じる。これはすなわちプロ野球の捕手にもそのまま当てはまる。捕手の会心の配球と、投手の力量に左右される難しさ。山浅の感性が実る配球と、投手の制球に苦しむ姿に、捕手育成の奥深さを見た。(日刊スポーツ評論家)