岩手大会決勝後、囲み取材に応じる大船渡・佐々木朗希(2019年7月25日撮影)
岩手大会決勝後、囲み取材に応じる大船渡・佐々木朗希(2019年7月25日撮影)

夏の高校野球岩手大会では、最速163キロ右腕・佐々木朗希投手(3年)を擁する大船渡の試合に、ファンや報道陣が殺到した。決勝戦後、喧噪(けんそう)が一段落すると、ホワイトボードに1枚の紙が貼られた(以下原文まま)。

「報道各社、記者、カメラマンのみなさま

お疲れ様でした。

県内外、様々なメディアのみなさんに岩手大会へと来ていただき、感謝申し上げます。岩手の学校を、選手たちをたくさん報道していただきました。全国に子供たちの頑張りが伝わることは、大会を運営する私たちにとってもありがたいことでした。

これだけ大勢のメディアにお集まりいただくことは異例で、取材時間や場所に一定の制限をかけざるをえませんでした。幸い、みなさんにご協力いただき、大きな混乱を招かずに進めることができました。連盟として精いっぱい努力したつもりですが球場設備、取材対応等、至らぬ点が多々あったかと思います。ご容赦ください。

本日、花巻東高校が岩手県代表に決まりました。さらなる可能性に挑むべく、甲子園へと向かうことになります。公平を期すのがみなさまの仕事とは存じておりますが、大会期間をご一緒したご縁を感じ、心の中で岩手代表を応援していただけると嬉しいです。

ありがとうございました。

岩手県高等学校野球連盟一同」

文面上の「異例」の言葉が全てを表す。泊まり込みで行列をつくるファンたちと、早朝4時台からそれを報じる私たちマスコミ。過熱する報道から選手を守り、試合に集中させたい学校側。それぞれの立場を尊重しながら、岩手県高野連はその3者の「最適」を模索し、環境を整えてきた。

大会開幕前に大原茂樹理事長とひざを交える機会があった。「何かご要望はありませんか?」。10分ほどの対話で、何度もそう尋ねられたことが印象的だ。「記者席はなくてもいいので、荷物置き場だけは欲しいです」「佐々木君の会見時に場内アナウンスが重ならないと助かります」。春季大会前に感じた不便を伝えた。夏の大会では全てが解決されていたし、東京から大挙して駆けつける報道陣の座席も用意された。

大会運営は高野連の仕事だ。さまざまな方面との調整が必要になる。とはいえ、彼らはイベント運営を専門としていない。普段は「高校教師」の理事・役員たちが、チームプレーで1つ1つこなしていく。特に任務が多かったであろうこの夏。「3時間しか寝ていません…」。目を真っ赤にしながら、懸命に動く理事の姿もあった。高校球児は見えないところで大人に支えられている。

全日程が終了。西日が差し込み始めた球場本部席で、大原理事長が無人のグラウンドを眺めていた。冒頭の貼り紙のことを尋ねた。理事から提案があり、書いたのだという。

「高校野球というカテゴリーの中で、立場は違うけれど思いを共有しながら、スクラムを組みながら『野球って面白いぞ、野球やってみないか?』って、そんな投げかけにつながっていけばなと思うんです」。

過密日程もクローズアップされたこの夏。課題は次から次へと生まれ、万人に賛同される正解もない。それでも、岩手の野球人たちは熱く真剣にぶつかっていくはずだ。【金子真仁】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「野球手帳」)

岩手大会決勝には早朝5時時点で約30人が開場を待った(2019年7月25日撮影)
岩手大会決勝には早朝5時時点で約30人が開場を待った(2019年7月25日撮影)