東京6大学野球の慶大が23日、3季ぶりの優勝を決めた。就任2年目で悲願を果たした堀井哲也監督(59)は、ターニングポイントに開幕2戦目、4月11日の法大2回戦を挙げた。「ノーヒットワンランでやられた翌日に立て直しができました」と振り返った。

前日の同1回戦は、相手のエース三浦から1本もヒットを打てなかった。内野ゴロの間に1点を奪っただけ。自慢の打線が沈黙した。開幕早々の惨敗。引きずれば、シーズンが終わってしまう。立て直せたのは、他でもない堀井監督の“言葉の力”だった。

帰宅後、映像を見返した。「三浦君のできが良かった。その三浦君から6つも四球を取った。それは、うちの打線が積極的に振ったからだ」。翌日、選手たちに伝えた。やっていることは間違っていない。そう植え付けた。4番の正木智也内野手(4年=慶応)は「状態は悪くないんだと。気持ちが楽になりました」と救われた。そうして臨んだ2回戦。ソロを放ち、勝利を呼び込んだ。そこから7連勝と突っ走った。

堀井監督は、ここぞの場面でかける言葉を大事にしている。「チーム全体か、個別か。タイミング。内容。指揮官の言葉は、私自身が考えている以上に重い時がある」と考える。「朝起きて、布団を出るまで、今日は何を、どのタイミングで言おうかと考えてますよ」と打ち明けた。

監督人生の始まりで、少し苦い経験をした。35歳の時、三菱自動車岡崎でコーチから監督に就任した。「コーチとして、選手の近くにいた。野手担当でしたので、3分の2の選手は把握、掌握していたつもりになっていました」と告白する。

夏の大会前だった。ケガをしていたある内野手に「治療をどうするかは、大会が終わってから考えよう」と声をかけた。ところが、その選手は大会後、引退することになった。会社を経営していた、選手の父親から言われた言葉が忘れられない。

「監督、一言、いいかい。社長の言葉は重いんだ。監督の言葉も重いんだよ」

決して、選手に気休めを言ったわけではない。純粋に励ましたかった。だが、社会人チームの選手枠は限られる。大会前の時点で、引退になるとは知るよしもなかった。だが、結果として、そうなってしまった。「選手からすると、監督からああいう言葉をもらったら、来年、再来年も期待されていると思いますよね。お父さんが諭してくれた。監督の言葉の重さを思い知りました」。

後日談がある。このエピソードが新聞に載った。その記事を、くだんの元選手も読み、すぐに連絡が来たという。「オヤジもよろしくと言ってました」。うれしかった。

普段の指導で声を荒らげることは、まずない。主将の福井章吾捕手(4年=大阪桐蔭)は「監督は『負けたら俺の責任。選手は腹決めて、思いきってやってくれ』と言葉をかけてくれます」と感謝する。言葉でチームを束ね、2位、2位と続いて臨んだ3季目で栄冠を手にした。【古川真弥】