ルーキー井上広大がデビューした。初対戦は防御率12球団トップの大野雄大。これはなかなか厳しい-。そう思った試合前、ある出来事を思い出した。

94年9月10日の近鉄-オリックス戦(藤井寺)。3位オリックスは1ゲーム差で追う近鉄と2位を争い、首位・西武に4ゲーム差だった。負けられない一戦は、しかし、同点で9回裏無死満塁のピンチを迎えた。

ここでオリックス指揮官・仰木彬と投手コーチ・山田久志(日刊スポーツ評論家)は高卒ドラ1新人の平井正史をプロ初登板のマウンドに送ったのだ。

「高卒ルーキーをこんな場面でとは…」。驚く目の前で150キロ超のストレートを投げた平井は村上隆行を空振り三振に切った。しかし大島公一に犠飛を浴び、サヨナラ負けを喫した。

黒星はつかないがデビューがサヨナラ敗戦。がっくりしていた平井はマネジャーから「監督が呼んでるで」と伝えられた。「何を言われるのか」。おそるおそる監督室を訪ねた。

仰木は「おお。よう投げたな。これで飲んでこい」。そう言い“監督賞”10万円をポンと渡してきたという。平井は翌95年、抑え投手として優勝に貢献。その後、20年以上もプロでメシを食った。

「でも負け試合で賞金をもらったのはあれが最初で最後ですね。19歳だったし、さすがに飲みには行かなかったですけどね」。現在はオリックス2軍投手コーチの平井から聞いた話だ。

阪神は2位争いのライバル中日に連敗して3位転落だ。戦績はもちろん、コロナ問題もあり、球団社長が辞任したり、指揮官・矢野燿大が謝ったりと何かと騒がしい状況だ。そしてこの日の相手は繰り返すが前回、完封された大野雄だった。

新人でムードを変えようと考えたのか。誰も打てないなら1度、使ってみるかと思ったのか。首脳陣にどんな思惑があったのか分からないが井上にとっては厳しいデビューとなった。

それを気の毒などとは思わない。1軍戦力になろうと思えば誰が相手でも向かっていかなければならないからだ。正直、まだ力不足ということだ。これを糧に頑張ればいい。

思うのは矢野は井上に「ええ三振やん。栄で遊んでこい」とでも言って“監督賞”を出したろうか、ということだ。コロナのご時世ではそれも無理か。気持ちだけは、そんな指揮官であってほしいと思う。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)