「勝負のアヤ」は7回、陽川尚将の犠打だろう。阪神が1点を追う展開で無死一、二塁。打席が巡った陽川は三塁前にバントを決め、1死二、三塁とする。すると4番・大山悠輔に同点犠飛が出て、サンズの決勝2ランにつながったのは「今季初の逆転勝利」という虎番記者の記事にもあるところだ。

なにより面白いと思うのは打者が陽川だったという巡り合わせだ。スタメンのマルテが足の張りを訴え、大事を取って4回守備から交代。陽川が「3番一塁」に入っていた。もしマルテのままだったら犠打の作戦はなかったはず。もちろん「ラパンパラ」の場面になっていたかもしれないが、併殺など逆の結果になっていたかもしれない。それは「勝負の神様」しか分からないことだ。

偶然に巡ったチャンスを陽川がものにしたという点に意味があるのだ。首位を走る阪神はすっかりレギュラーが定まっている。控え選手は中盤では試合出場すら難しい状況だ。ここでベンチの作戦をきっちりこなせたことは陽川にとってはプラス材料だろう。

指揮官・矢野燿大はここを振り返って「陰の功労者、ヒーローかなと思う」と話した。虎番キャップとの取材で「緊張するやろ?」と陽川に話し「大丈夫です」と答えていたという舞台裏も明かしていた。

しかし陽川にすればチャンスで犠打、バントを積極的にしたいはずはない。右の国産打者では大山と争うほどの長打力が売りもの。「いっちょ、かましたろか」と思う場面だ。犠打のサインに緊張というよりは「打たせてほしい」との思いがよぎったはずだ。

それでも命じられた自分の仕事をしっかりしたという意味で評価されていい。なにより、この回がシーソーゲームに決着をつける大きなポイントになった。

東京ドームで巨人に負け越した後の大事な3連戦である。正直、勝ち続けるのに慣れていないチームでもあり、ここで続けてカード負け越しとなれば失速ムードが漂っていた。

実際、勝つには勝ったが最下位相手に快勝というムードでもなかった。安打数では阪神の「8」に対してDeNAは「11」。四死球も相手より多い「5」を与えた。ルーキー佐藤輝明が捕れそうな倉本寿彦の当たりを処理できない場面もあった。それだけに控えの仕事が地味に光った試合と言える。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

阪神対DeNA 7回裏阪神無死一、二塁、犠打を決めた陽川(左から2人目)を迎える阪神ナイン(撮影・前田充)
阪神対DeNA 7回裏阪神無死一、二塁、犠打を決めた陽川(左から2人目)を迎える阪神ナイン(撮影・前田充)