ステイホーム。めったにやらない物置の片付けをしていると古い書籍が出てきた。「道にのって勝つ」(講談社)。巨人でV9を達成し「野球の神様」の異名を取る川上哲治が76年に発行している。50年近く前の本をどこでどうやって手に入れたのか。読んだ記憶もない。片付けをやめ、ページをめくっているとこんな一節が出てきた。

「監督のカンというものは、いつも選手の上に心を置いていろいろ工夫し、あらゆる状況を把握してこそ出るもので、このようにして生まれたカンはすぐ実行しなくてはいけない。カンは実行しなければ研ぎすまされてこない。失敗をおそれず、勇敢に実行していくことによって自分のカンは磨かれていく」

「勘」をカタカナで書いているなど時代掛かった言い回しだが、これは川上の言葉ではなく恩師と仰ぐ人物からの教えのよう。川上はその言葉を支えに作戦、用兵を行ったという。

朝からそんなフレーズを読んだばかりだったので電流が走った気がした。「4番・佐藤輝明」。首位を走る好調な今季、その最大の特徴はクリーンアップを中心にほとんど不変のオーダーだろう。4番はずっとキャプテン大山悠輔だった。

それをここで代えるのか。休養とはいえ大山は4番だ。結果が出なかったらおかしな感じになるのでは。「何をするんや」と思った虎党も少なからずいたのではないか。佐藤輝にしても4番の重責を感じて思い切った打撃ができなくなったら。もちろん成功したら面白い。でも…。本当にいろいろなことを思った。

結果はご存じの通り、ドラマでもこれ以上は描かないようなことが起こった。シーズンの約5分の1になる30試合目で疲労を感じる大山の状況。さらには外野手ロハス加入を見越して、守備位置シャッフルの可能性も試したかったのか。指揮官・矢野燿大を動かしたカンは何だったのだろう。

「体験入部みたいな感じで体験させてみようかなと」。矢野はわりと軽い言葉で説明していた。だが背景にはチーム、選手の状況を把握し、頭に浮かんだことを実行する決断力があったからこそと思う。

失敗していれば批判もあったろうが、それを封印してあまりある結末。これで4日以降のオーダーはどうする、という課題も出てくるのだが、そこを含めて「勝負の3年目」に挑む矢野はかなり面白い。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

阪神対広島 5回裏阪神無死満塁、佐藤輝は右越え逆転満塁本塁打を放つ。投手は野村(撮影・加藤哉)
阪神対広島 5回裏阪神無死満塁、佐藤輝は右越え逆転満塁本塁打を放つ。投手は野村(撮影・加藤哉)