なんとも切ない。この感情は何だろう。しばし考えて、もっとも近いのはこれかと思った。2回、無死一、二塁。先制機に指揮官・矢野燿大が佐藤輝明に犠打を命じた場面である。

矢野は前日、シーズンで全試合に最初から起用した佐藤輝をスタメンから外した。それを受けて、ここで書いた。「佐藤輝とともに散れ 矢野阪神」と。その存在感、今後への期待を込めて大舞台での経験が若者に必要と思うからだ。

そして、この日。矢野は佐藤輝をスタメン起用した。前日の相手は右腕サイスニード。この日は左腕・高橋奎二だ。「左右理論」の矢野からすれば右腕相手に不調で外したのなら、この日も外すのが普通。しかし一転、使ってきた。

負ければ終わり。そんな試合で主軸の佐藤輝を外すわけにはいかない。当然、そういう思考はあったのだろう。だからこそ6番三塁でスタメン起用したはず。だが、その最初の打席がバント指令だ。佐藤輝はプロ入り2年で犠打はない。それが、ここでか。

不可解、疑問、そして怒り。そんな思いの中でもっともしっくりきたのが「切ない」だった。矢野はとにかく勝ちたかったのだ。なんとか1つ勝って流れを変えたい。そのために犠打が最善策と思ったのだろう。

しかし。それはこの4シーズン、矢野が言ってきた「超積極的野球」とはやはり違うと思う。思い切り、いけ。三振でもいい。ゲッツーでもエエやないか。テルらしい打球を打ってこい。本来の矢野なら、ここでそう思えたはずだ。

「やり方よりあり方」。矢野が話していた言葉だ。そこから考えても、ここは強打だ。だが最後の最後で迷った。勝ちたい気持ちがポリシーを忘れさせたのだ。それが切ない。

何が切ないのか。それが人間と思うからだ。自分の決めた通り、人生を貫ける人間がどれだけいるか。みんな迷い、苦しみ、何とか日々をつないでいる。鼻で笑う人もいるかもしれないが、連敗中にも書いた「誰がいまの阪神を笑えるのか」と言うことだ。

「お疲れさま」と気楽には言えない。ずっと課題である守備の拙さで勝てる試合を落としたのはやはり情けないことだ。それでも在任中、4季全てAクラスは失敗とは言えない。優勝したかった。虎党も矢野も、それは同じ思いのはず。最後はやはり切ない。1つの季節が終わった。(敬称略)【高原寿夫】(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「虎だ虎だ虎になれ!」)

ヤクルト対阪神 2回表阪神無死一、二塁、送りバント失敗する佐藤輝(撮影・江口和貴)
ヤクルト対阪神 2回表阪神無死一、二塁、送りバント失敗する佐藤輝(撮影・江口和貴)
ヤクルト対阪神 2回表阪神無死一、二塁、送りバント失敗した佐藤輝(左)(撮影・江口和貴)
ヤクルト対阪神 2回表阪神無死一、二塁、送りバント失敗した佐藤輝(左)(撮影・江口和貴)