横浜市内のイップス研究所で所長を務める河野昭典氏(59)は、通称「イップス先生」と呼ばれる。先生は、紙に頭部の絵を描いてイップスについて説明してくれた。

 説明しながら上書きしていったので、絵から判断はできない。分かりやすく説明してもらった。


人間の脳
人間の脳

 河野氏 脳には未知の部分が多いのですが、私はイップスをこのように解釈しています。脳には大脳、小脳、脳幹があります。ごく簡単に言えば、大脳は大部分を意識が占める。小脳は大部分が無意識です。イップスは、この無意識の感覚が狂ってしまう。だから「こう投げたい」と意識しても、無意識が邪魔をして、その通りに動いてくれない。


 意識と無意識に差が生じる。一生懸命に「こうやって投げよう」と意識しても、無意識に違う動作をしてしまう。


 河野氏 そうです。この状態で反復練習をしたらどうなりますか? 悪い動きを繰り返すだけで、ますます悪化してしまいます。思うような動きができない…イップスの症状に悩んだ時「もっと練習して克服しよう」と思ってもダメなんです。イップスは技術、練習だけでは補えません。


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 もう少し脳について書きたい。勉強のために書店で購入した「面白いほどよくわかる 脳のしくみ」(脳科学総合研究センター・理学博士 高島明彦監修=日本文芸社)から抜粋する。


 「運動神経」という名前の神経は脳内には存在しない。運動神経のいい&悪いとは、神経そのものではなく、運動に関する脳の伝達システムや学習機能の優劣を指すものと考えていいだろう。つまり、運動神経がいいと言われる人は、脳がイメージした動きやフォームをそのままスムーズに筋肉に伝えることが出来る人なのである。


 最近では小脳には「運動機能のコントロール=運動の制御」という役割だけでなく、運動に関する学習機能も備わっているのでは? という学説もある。速い動きをするスポーツ、例えば卓球などを行う場合、目にもとまらぬほどの速い球を打ち返すのに、いちいち大脳で考えてラケットを差し出していては、間に合わない。タイミングを合わせるための筋肉の動きや道具の重さなどの情報が、小脳に記憶されているからこそ、こうした動きが可能になるのでは、というのがこの説だ。


 小脳の機能が損なわれると、まっすぐに歩くどころか、椅子の上に座っていることすらも難しくなってしまう。


 運動は脳の動きに左右される。意識しない動きが生じてしまう、いわゆるイップスの症状が表れたとき、メンタル…根性論や精神論で片付けることはできない。それだけ理解しておきたい。


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 いよいよイップスの具体例を取り上げていく。

 最初に断っておきたい。イップス克服にはさまざまな考え方がある。これから方法の異なる複数の具体例を紹介するが、実用する際には慎重に検討を重ねてほしい。必ずしもすべての選手に当てはまるとは限らないからだ。

 イップス先生こと河野氏も、その点は強調していた。


 河野氏 イップス克服は、選手が納得して臨むことが大切です。ですから、私の研究所でも無料相談の時間を設けています(ホームページはhttp://yips.jp/)。


 松尾明氏のトレーニングサポート研究所でも、電話やメールで無料相談を受け付けている(ホームページはhttps://www.matsuoakira.com/)。


河野氏が説明しながら書いてくれた脳のイラスト
河野氏が説明しながら書いてくれた脳のイラスト

 さて、具体例に入ろう。

 最初にトレーニングサポート研究所の松尾氏によるイップス克服の指導例を見ていきたい。

 昨年12月。大学1年生の外野手が、松尾氏を訪ねてきた。同10月に続いて2度目のレッスンだという。

 もともと甲子園の常連高校に所属していた時代からスローイングの違和感に悩んでいたが、大学入学後に悪化してしまったという。苦しみ、悩んだ末に東北地方から神奈川県内まで松尾氏の指導を受けに来るようになった。

 指導の現場に立ち会わせてもらった。(つづく)【飯島智則】