スローイングの違和感に悩みながらも、A君は高校野球を終えた。外野からカットマンへの返球が最大の苦しみだった。しかし、指導者の評価は高かったようだ。


 A君 高校の監督さんが「スローイングさえ直れば、お前は上のレベルでやっていけるぞ」と言ってくれ、自分も向上心を持って大学に入りました。入学直後はスローイングの調子もよかったんです。


 秋頃だった。上級生がノックを受けている周りで、球拾いをしていた。転がってきたボールを拾い、近くにいるチームメートに投げた…はずのボールが目の前を転がっていた。


 A君 もう本当に地面にたたきつけてしまった感じです。ショックでした。さすがに「このままじゃダメだ」と思いました。


 首都圏出身の同級生が、中学時代にフォームを壊した際、トレーニングサポート研究所の松尾明氏(48)に指導を受けた経験を持っていた。「Aも指導を受けてみたらどうだ?」と勧めてくれた。東北地方からの交通費、レッスン料と、金銭的な問題もあった。


 A君 両親に相談したら「このまま悩んでいるぐらいなら、やってみればいい」と賛成してくれました。ありがたいです。


松尾氏(右)はスローイング時の体の使い方についてA君を指導する
松尾氏(右)はスローイング時の体の使い方についてA君を指導する

 この日のレッスン後に正月休みを過ごすため実家に戻る予定だった。


 A君 最後は気持ちよく投げられたし、気分よく帰省できます。


 笑顔でそう話してくれた。


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 松尾氏は、ギクシャク動く腕をまったく指導しなかった。主に重心について説明し、キャッチボールをしながらも「腕は放っておいていいよ。勝手に動くからね」と声をかけていた。


 松尾氏 確かにイップスは萎縮したり、気負った場面でのミスから始まります。でも、それは原因ではなく、一つのきっかけに過ぎない。A君は中学時代に肩を痛め、復帰後に違和感があったといいます。これが最初のきっかけでしょう。そこから修正を重ねるうちに、オーバーラップが始まったのでしょう。


 もう少し簡単に説明してもらおう。


 松尾氏 違和感の後の修正がよくないんです。野球に対する意識が高い選手は、違和感を直そうと躍起になるでしょう。腕、肘、手首など部分的な修正を重ねていくうちに、本来の動きが崩れる。結果、意に反する動きになってしまうんです。


 練習がイップスを招くというのか。


 松尾氏 そうです。正しい練習ならいいですが、部分的な修正はやり過ぎると悪化を招いてしまいます。


 そこで重心を修正していく。


 松尾氏 もちろん個人差はありますが、イップスに悩む多くの選手は手先に過剰な意識を向けています。手先に意識がいく分、重心…いわば体の中心への感覚が薄れます。例えば、建物の柱が傾いて全体が揺らいでいるのに、外壁のひび割れだけ直しても仕方ありませんよね。そういうことです。


 自ら考案した「重心線プレート」という器具も用いて矯正する。靴に装着し、裏についている球体を使って歩く。もっとも重心がかかる位置に球体がくるようにする。


 松尾氏 人間は不安定な状態を作ると、安定しようとバランスを取ります。


 私も装着して歩いてみた。竹馬に乗っているような感覚で、次第にうまくバランスが取れるようになった。3分ほど歩いてから外すと、確かに重心が定まり、立ち姿勢が良くなった感覚があった。


松尾氏が考案した重心線プレート(右が上面、左が下面)
松尾氏が考案した重心線プレート(右が上面、左が下面)

 松尾氏 誤作動…イップスのきっかけはメンタルかもしれません。暴投できないプレッシャーから、重心を崩して、本来の動きができなくなる。それはあるでしょう。ただ、メンタルで改善はしない。精神論や根性論では治りません。本来の自然な動きを取り戻す必要があります。


 そして明るい表情でレッスンを終え、帰宅準備を整えるA君の方を見つめた。


 松尾氏 私は動きがメンタルを作ると思っています。スムーズに動ければ安心してくる。心地よさは大切です。


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 同氏も高校時代から長期間に及ぶイップスに悩まされた。大学、社会人と野球を続けたが、克服できないままに現役生活を終えた。

 西日本短大付時代、スリークオーターの投手だった。ある時サイドスローにフォームを変えた。


 松尾氏 初日はよかったんです。でも、翌日になったらスッポリと投げ方を忘れてしまいました。直接バックネットに当てるなど、キャッチャーが捕れない球ばかりになってしまいました。


 試行錯誤しても改善せず、今度はアンダースローに変えた。だが、体は思うように動いてくれない。


 松尾氏 投げる方の手が地面に当たっちゃうんですよ。痛いんです。本当に痛い。当てなきゃいいと思うでしょう? でも、そう思って投げても当たっちゃうんですよ。


 青学大、明治生命と野球の名門を進んだ。経歴からは順風な野球人生に見える。しかし、投球に心地よさは感じられないままだった。イップスのまま現役生活が終わったという。(つづく)【飯島智則】