イップス先生こと、イップス研究所の所長、河野昭典氏(59)の指導を見せてもらった。

 今回指導を受けるのは荻野佑眞さん(22)。日大三から日体大に進み、今春に卒業した。子供向けのスポーツスクールの運営などを手がける株式会社スクールパートナーに就職し、同野球部員としても活動している。

 荒川シニア時代は広島鈴木誠也外野手(23)の1学年下で、彼に次ぐ投手として活躍した。日大三でも左腕投手として、背番号10をつけて甲子園のマウンドにも立った。

 日体大では2年途中から外野手に転向した。4年秋は日本一にもなった。最後の明治神宮大会こそベンチを外れたが、充実した大学生活だった。

 社会人になったら、再び投手に挑戦するという。


 荻野さん 高校時代に「おかしいな」と思うことはありました。内角に投げるのが怖かった。「先輩にぶつけちゃいけない」と思って、腕が振れなくなったんです。練習試合などでも不安定な投球が続きました。でも、監督やコーチにも「まとまらなくていい」と言ってもらって、学年が上がるにつれ改善されていった。3年になったら違和感もありませんでした。


 最速も140キロを超え、甲子園のマウンドも経験した。卒業後は日体大への進学が決まった。もちろん投手として成長して、プロを目指す意気込みだった。


 荻野さん 入学前に練習に参加してブルペンに入ったら、145キロぐらいの球をバンバン投げられた。「いけるぞ」と思って、春のキャンプに参加したら何かおかしいんです。ボールが指から離れない。打撃投手で先輩に死球を2個当ててしまいました。左打者の頭上を超える球も投げてしまいました。先輩たちは優しくて何も言われなかったんですけど…自分のショックが大きかった。「やばいぞ」と思って、投球への不安や恐怖心が出てきてしまいました。


 すでにイップスという言葉を知っており、インターネットで検索を始めた。


 荻野さん アニメの「MAJOR」でイップスが出てくるでしょう。自分もそうなのかなと思って調べました。悩んでいたけど、親にも言っていなくて… 誰にも相談できず、人と関わりたくないなと思っていた時期でした。


 ネット検索でイップス研究所を見つけた。


 荻野さん 費用もかかるので、親に相談しました。「今こういう状態なんだ」と言って「専門的な指導を受けてみたい」とお願いしました。親も「行ってみるか」と言ってくれました。


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 2月のある日。イップス研究所に近い河川敷の広場で、荻野投手のキャッチボールを見た。

 単なるキャッチボールではない。河野氏の指示で、イップス克服に有効な方法でボールを投げていく。


 (1)正面を向いて、グラブ側の手を横に地面と平行に伸ばし、その高さに利き手の肘を置く。ウルトラマンがスペシウム光線を出すスタイルに近い。ここからスナップスローを繰り返す。

本文にある (1) のスローイングをする荻野さん
本文にある (1) のスローイングをする荻野さん

 河野氏 前でたたくというイメージをつけていきます。イップスの選手はたたけないケースが多い。


 (2)横を向いて、グラブ側の手を横に地面と平行に伸ばし、その上から投げる。次に下から投げる。

 (2) のスローイングをする荻野さん
(2) のスローイングをする荻野さん

 河野氏 腰の回転を見ます。どの高さから腕を出すに適しているか分かります。


 (3)体を左右に振り、相手から目を離してから投げる。

 (3) のように1度相手から目を切って投げる荻野さん
(3) のように1度相手から目を切って投げる荻野さん

 河野氏 1度目を離すことによって肘を使いやすくなる。肘から出ていきやすくなります。ヒザの使い方も覚えます。


 (4)軸足だけで立ち、スローイングしながらバックステップする。軸足と反対の足で着地する。

 (4) のようにバックステップをして投げる荻野さん
(4) のようにバックステップをして投げる荻野さん

 河野氏 これだと肘を使わないと投げられません。いかに肘を使うかが大切になります。


 4種類のスローイング練習を終えてから、キャッチボールに入った。


 河野氏 彼の場合は4種類ですが、場合によっては5種類…それ以上のメニューになることもあります。選手の状態によって変わります。


 キャッチボールの相手は、元ソフトバンク投手で、現役時代に河野氏の指導を受けた経験を持つ星野大地氏(25)が務めた。

 星野氏は「スピンを意識して」「うまく投げようとしなくていいよ。気持ちよく投げて」と声をかけながら、荻野投手のボールを受けた。

 河野氏は「目線と肩を平行にね。これなら肘がうまく出るよ」「狙いは『ここ』じゃなく、『大体このへんでいい』ぐらいでいいよ」「力を抜いて、リリースだけ100でいいよ」と声をかけた。

 荻野投手のフォームは非常にきれいで、引っかかりも何もない。試合で抑えるか否かは別として、少なくともイップスだったとは思えない。


 荻野さん 大学1年の春、河野先生のお世話になって、よくなったんです。でも、また悪くなったり、良くなったり…。その繰り返しで打者に転向した方が光が見えるかなと思いました。打撃には自信がありましたから。


 河野氏に相談すると「やりたい方をやった方がいい。自分の気持ちが一番」と転向を後押ししてもらった。だが、最後にひと言「また投手がやりたくなるかもしれないよ」と言われた。

 その言葉通り、また投手に挑戦する日が来た。この日はその準備として指導を受けにきていた。

 イップス克服は、その選手の人生に大きく影響している。(つづく)【飯島智則】