イップス先生こと、イップス研究所の所長を務める河野昭典氏(59)は、語気を強めた。「これだけは必ず記事に書いてください」と言って続けた。


 河野氏 イップスは決して恥ずかしいことではありません。誰でもなる可能性があります。能力の高い子の方がなりやすい。「うまくなりたい」「甲子園に行きたい」「プロになりたい」など、思いが強いからこそイップスになる。でも、そういう選手は「できたことができなくなった」と、人に隠そうとする。能力が高い、思いが強いから、できない自分が恥ずかしく、許せない。でも、隠せば隠すほど悪化してしまいます。また、何とかして投げられるようにならなくてはいけない。と、疲れも忘れて練習を強化します。やればやるほど、思えば思うほど、思いとは裏腹に症状が悪化する。努力逆転の法則です。


イップス克服の指導を行う河野氏
イップス克服の指導を行う河野氏

 イップスで競技をあきらめてしまう選手がいる。それが、もっとも悲しいことだという。


 河野氏 風邪をひいたらせきが出る、熱が出る、鼻水が出る。これと同じ。今のフォームや練習に無理がきているというサインが出ているだけです。イップスは恥ずかしくない。そう思ってほしいんです。


 イップスは治りますか。そう言うと、イップス先生は笑った。


 河野氏 私は「治る」と言いません。克服するんです。「治る」では、それまでの人生や頑張ってきたことの否定になる。意味があってイップスのサインが出ているのですから、それを受け容れ、何かに気付き、乗り越えていくことが大切です。必ず克服できます。イップスで競技をあきらめないでほしい。


 克服のためのイップス研究所のみならず、指導者らを指導するため日本イップス協会を作った。同協会は本年度から新制度を採用することになった。

 これまで通り、3回の受講と試験で認定トレーナーになれる。これに加え、10回の受講でプロフェッショナル認定トレーナー、同じく20回の受講でエキスパート認定トレーナーになる資格を得る。


 河野氏 認定トレーナーの方々が、それぞれの目的や気持ちに合わせて勉強できるようにしました。協会として今後どのような活動を広げていくかなども、認定トレーナーの皆さんと共に考え、成長していきたいと考えています。


 イップスを撲滅するためイップス先生の挑戦は続いていく。


 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇


 トレーニングサポート研究所の松尾明氏(48)にも、イップスを未然に防ぐ策を聞いた。


 松尾氏 暴投やミス、故障明けの投球で「何か感覚がおかしいな」と思ったら、投球練習は控えた方がいい。投げて違和感を修正したくなるだろうが、やめた方がいいです。悪い動きが定着してしまう。


トレーニングサポート研究所の松尾明氏
トレーニングサポート研究所の松尾明氏

 昨年末、同研究所に相談の電話が入った。小学生の父親だった。少年野球のエースだったが、思うように投げられなくなった。ストライクすら入らず、本人は「野球を辞めたい」とすら言い出したという。

 遠方のため、すぐに指導は受けられない事情があった。


 松尾氏 直接指導できれば一番いいのですが…試合のない冬季でもあったので「まず休んでください」と助言しました。重心が狂っている状態で「ああでもない」「こうでもない」と試行錯誤しても、決していい結果にはなりません。


 欠点を克服しようという練習が、かえって悪い結果を招く。


 松尾氏 そうです。悪い動きを覚えさせているに過ぎません。


 では、休めば本来の動きを取り戻せるのか?


 松尾氏 その可能性はあります。休んでいる間、小学生なら遊ぶでしょう。公園でブランコやジャングルジムなどの遊具を使って、いろいろな動作をしているうちに、本来の重心感覚、連動性を取り戻せる可能性もあります。気分転換を兼ねて野球以外のスポーツも勧めています。バランスボール、1輪車、スキー…体幹バランスが重要な競技です。


 そして、付け加えた。イップス先生と同じ言葉だった。


 松尾氏 イップスで競技をあきらめてほしくありません。私はイップスのまま現役を終えましたが、今では治っています。きちんと対応すれば、克服できるものなんです。


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 イップスはどんな競技にも起こり得る。ゴルフ、野球、テニス、サッカー、卓球、ダーツ…河野氏のイップス研究所には、スポーツ以外にも、そば打ちの名人や作家、整形美容の医師も来たという。会社員が出社できない状況も含め、どんな世界にもイップスは起こり得る。

 高い志で練習を重ね、試行錯誤を繰り返すうちに複雑な迷路に迷い込んでしまう。そんな状態といっていいだろう。

 ここまでイップス克服の専門家である河野氏、松尾氏を中心に取材を進めてきた。

 イップスに関する理解は深まった。また、イップスを防ぎ、克服するためには、指導者の理解も必要と分かった。

 次回からは、視点を変えてみたい。さまざまな立場にいる野球関係者に、イップスについて、指導について取材していきたい。

 最初に会ったのは寺澤恒さん(51)だった。神奈川・藤沢市の教員で、小、中学生の野球を指導した経験を持つ。現在は「ベースボール・コーチングアカデミー」の代表者を務めている。

 フェイスブックなどSNSを利用した指導者のグループで、各地で講習会、勉強会も開いている。

 私が目を引かれたのはグループの紹介文だった。

 

 「ベースボール・コーチング・アカデミーは、海外で『マフィア』と呼ばれる日本の野球指導を見直そうということで始まったグループです。意見・情報交換、交流の場としてご利用ください。いっしょに日本の野球指導を高めていきましょう」


 マフィアとは一体何か。寺澤氏に連絡を取り、神奈川県内のある駅前で待ち合わせた。(つづく)【飯島智則】


 ◆プレゼント イップス先生ことイップス研究所の所長、河野昭典氏の著書「メンタルによる運動障害 イップスかもしれないと思ったら、まず読む本」(BABジャパン)を3名にプレゼント。希望者ははがきに住所、氏名、年齢を明記の上、〒104・8055(住所不要)日刊スポーツ編集局「河野氏プレゼント係」まで。締め切りは20日必着。

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