イップスを未然に防ぐためには、指導の現場から声を聞く必要がある。

 そう思って最初に会ったのは、寺澤恒氏(51)だった。彼は神奈川・藤沢市の教員で、かつては野球部の監督も務めていた。現在は部活動の指導からは離れ「ベースボール・コーチングアカデミー」というグループで、校長を務めている。


動画を使って練習方法などを指導する寺澤氏
動画を使って練習方法などを指導する寺澤氏

 普段はフェイスブックなどSNSを使って指導方法の意見を交わし、時には講習会や会合を開いている。

 グループの紹介文はこう書かれている。


 「ベースボール・コーチング・アカデミーは、海外で『マフィア』と呼ばれる日本の野球指導を見直そうということで始まったグループです。意見・情報交換、交流の場としてご利用ください。いっしょに日本の野球指導を高めていきましょう」


 寺澤氏 最初に申し上げておきますが、我々は批判が目的のグループではありません。全国には、旧来の野球指導に疑問を持っていたり、困っている指導者や親御さんがたくさんいると思います。困っていても点在しているから結束できない。じゃあグループを作って、練習方法や指導方法の情報交換をしようと。そういう目的です。現在2700人を超える会員がいますが、1万人を目標にしています。


 紹介文にある「マフィア」という言葉が目を引く。


 寺澤氏 私は中学の監督を務めていた1999年に、本場の野球指導を学ぼうとUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に行きました。それまでも国内の指導者の方々を訪問して、いろいろ教えてもらいながら勉強していました。「アメリカはどうだろう?」と思って行ったんです。


 練習に参加すると、現地の米国人コーチから声をかけられた。


 寺澤氏 「日本から来たのか? 知っているぞ、日本はマフィアがコーチをしているんだろう」と言われました。「えっ、何のこと?」と聞いたら「日本のコーチは選手に向かって、ひどい言葉を言うそうじゃないか。UCLAでは許さない。将来ある子供に『shit(くそったれ)』と言っただけで即クビだ」と。そう言われました。


 当時の寺澤氏は、大声で指導することもあったという。


 寺澤氏 その頃に私がいた中学は山の下にあったのですが、町中で山の上にある中学の先生に会って「きょう寺澤先生はグラウンドにいなかったでしょう?」と言われました。「何で知ってるの?」と聞いたら、「声が聞こえなかったから」って。ある時は、教頭先生がずっと練習を見ているなあ…と思ったら、近所の方から学校に苦情が入ったから見張っていたそうです。


UCLAで野球を勉強していた頃の寺澤氏
UCLAで野球を勉強していた頃の寺澤氏

 米国コーチに指摘され、考えをあらためたのか。


 寺澤氏 いや、最初は反感を持ちました。何を言っているんだと思った。しかし、頭には残っていたんですね。その後、もう1つ練習がしっくり来ない時期がきました。なかなか成果が出ない。そのときにアメリカでの言葉がよみがえってきた。そこで方針を変えた。大声や叱責(しっせき)ではなく、いかに選手の能力を引き出すか考えるようになりました。


 具体的な変化とは。


 寺澤氏 例えば集合をかけるときも、それまで私がグラウンド中に響くような大声で「しゅ~ご~!!」と叫んでいた。でも、小声で言うだけ。聞こえた者が仲間に伝えればいい。これってプレーにも生きるよと話す。中継プレーで「バックホーム」とか「バックサード」という声も同じでしょう。キャッチャーが指示したら、内野が声をつないで外野まで届かせる。「野球って伝言ゲームだよ」と話した。叱るより選手は動くようになった。納得するからでしょうね。


 選手に変化が出てきた。


 寺澤氏 雨の日にね、選手が「あーあ、今日も外で練習できないな」と言ったんです。それまでは雨が降ると「ラッキー。休める」という感じだったのに、本気で残念がっている。ああ、これが本当の指導なのかなと気付いた。そこでマフィア野球を脱しました。


 アカデミーを通じ、自身の体験を踏まえながら「怒鳴らない指導」を広めている。そのため、動画を駆使して具体的な練習方法を紹介している。


 ここからが本題である。寺澤氏に、イップスについて聞いた。自身の経験、そしてアカデミーなどで多くの指導者と触れ合う中で、イップスについてどう感じているか。原因、そして未然に防ぐ策はあると思うか。


 寺澤氏 イップスの原因として、指導の問題は大きいでしょうね。残念ながら認識が不足している指導者は多いと思います。


 椅子から立ち上がり、投球動作を始めた。(つづく)【飯島智則】