鈴木尚典氏(46)は、1990年にドラフト4位で大洋(現DeNA)に入団した。

 入団当初はかなり細かい技術指導を受けたという。打撃フォームでは腕の角度まで教えられた。しかし、指導を受ければ受けるほど、打撃に対する悩みは深まるばかりだった。


子どもの目線でやさしく指導する鈴木尚典氏
子どもの目線でやさしく指導する鈴木尚典氏

 だが、2年目から2軍打撃コーチに就任した竹之内雅史氏は、極めてシンプルな指導方針だった。


 鈴木氏 「どんな打ち方でもいい。とにかく遠くへ飛ばせ。全部スタンドに放り込め」。言われるのは、それだけでした。こっちの方がきついんですよ。フリー打撃だけじゃない。ロングティーも「スタンドまで届かせろ」と言われた。とにかく全部フルスイングしないといけない。


 打撃フォームは何も言われなかった。ただ、「飛ばせ」と繰り返された。


 鈴木氏 やっている時は意味が分からないところもあった。でも、気付いたらプロでやっていけるスイングスピードがついていた。そのスイングができてから、もう1度、細かい技術指導を受けると分かるんですよ。ああ、順序として逆では身に着かないんだと思った。


 だから小学生を指導するとき、相手のレベルを重視している。相手に応じた指導でなければ効果は出ないと感じている。


選手たちに指示を出す鈴木尚典氏
選手たちに指示を出す鈴木尚典氏

 鈴木氏 私は、幼稚園の子も教えています。毎回バットの持ち方が逆になる子がいた。本人も不安だから必ず「鈴木コーチ、こうだっけ?」と聞いてくる。「いや、反対だよ」って。これが毎回です。自分の中で大きな出来事だった。バットの持ち方が分からない子にも、指導できなければいけないんだと思いました。


 ここから一歩ずつ階段を上がっていけばいい。楽しく遊んで、そのうちに体力がついて、技術を覚えていく。


 鈴木氏 「教えすぎ」は中学生の指導者に多いかも知れませんね。中学生になると、「教えがい」が出てきますからね。でも、小、中学生は基本的なことだけでいい。あまり細かい指導をする必要はないと思いますよ。


 少年たちを指導する現場にいるからこその貴重な意見だった。


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 次に取材を依頼したのは、上田誠氏(60)だった。慶応高の監督を25年間務め、春夏合わせて4度の甲子園に導いた。「エンジョイ・ベースボール」という方針を掲げ、自ら考えて行動できる選手、チームを育てた。

 佐藤友亮外野手(元西武)、白村明弘投手(日本ハム)、山本泰寛内野手(巨人)ら多数のプロ選手も育てている。


慶応高監督時代の上田誠氏(2015年7月24日撮影)
慶応高監督時代の上田誠氏(2015年7月24日撮影)

 2015年に退任した後は違った角度から、野球界に貢献している。今年1月には「第1回 神奈川学童野球指導者セミナー」の開催に尽力した。「次代の野球のために」と銘打ったセミナーには、定員いっぱいとなる500人の指導者が集まった。

 整形外科医によるスポーツ障害に関する講義、理学療法士によるリハビリプログラム、さらにはストレッチの方法など実践的な講習もあった。元DeNA投手の三浦大輔氏(日刊スポーツ評論家)も参加し、特別講演を行った。

 高校球児の指導経験、そして次代の野球を見据える立場からイップスについて聞いた。


 上田氏 慶応高校にもイップスの選手はいました。各学年に1人か2人はいましたね。決まって真面目で、性格のいい生徒でした。何とか直したいと、私もいろいろな人に聞いて回りました。社会人野球の指導者、元プロ選手、医者、トレーナー…。皆さん、イップス克服に努力しているけど、やっぱり難しい問題です。


 かつて指導した2人の選手を例に挙げてくれた。

 A君は投手として入学してきた。中学の軟式野球で全国クラスの実績を持っていた期待の星だった。マウンドからは抜群の球を投げる。だが、投ゴロを捕った際、一塁へうまく投げられなかった。


 上田氏 際どいタイミングだと大丈夫なんです。例えばバント処理して三塁送球だと、間一髪のタイミングでしょう。いい球を投げる。でも、ピッチャーゴロは捕ってから間(ま)が空く。これがダメなんです。金縛りのようになって、もう投げられない。


 原因を知りたいと、A君の父親に連絡を取った。明確なきっかけがあった。


 上田氏 小学生の時に何かの大会で決勝まで勝ち上がった。Aはピッチャーでした。リードして最終回の2死。ピッチャーゴロに打ち取り、みんな「やったぁ、優勝だ!」って喜んでいたそうです。ここで一塁へ暴投して、結局逆転されて負けてしまった。試合後に指導者から「お前のせいで負けた」と怒られて、罰でかなり走らされたそうです。


 その記憶が無意識によみがえるのだろう。以来、投ゴロの処理ができなくなった。


 上田氏 指導者の声掛けって大事ですよね。同じ暴投をしても、そこで「もう1度しっかり練習しような」と言ってくれていたら、乗り越えられたと思います。中学時代もずっと引きずっていたそうです。


 A君と悪戦苦闘の日々が始まった。(つづく)【飯島智則】