慶応高校の前監督、上田誠氏(60)はイップス克服にアイデアを駆使した。


慶応高監督時代の上田誠氏(2009年3月撮影)
慶応高監督時代の上田誠氏(2009年3月撮影)

 投手のA君は、投球では抜群の球を投げる。だが、投ゴロの一塁送球など、近い距離にうまく投げられなかった。小学生時代に優勝を逃す暴投をして、指導者から激しく叱られた経験を持っていた。


 上田氏 いろいろやりましたね。例えばダッシュさせて、途中で「ストップ」と言って止める。その瞬間、近い距離に送球させるんです。これはうまくいった。「ほら、近い距離でも投げられるだろう」とね。でも、試合になったらいろいろ考えてしまうんですね。間(ま)ができてしまうとダメなんです。


 投ゴロを捕球したら、捕手にトスする方法も試した。捕手に一塁へ投げてもらうわけだ。


 上田氏 これもダメでした。トスが暴投になっちゃった。


 意識をそらす作戦もやってみた。


 上田氏 一塁へ投げる時に彼女の名前でも叫んでみろと。そうしたら「彼女いません」と言うから、じゃあ、お母さんの名前でいいよってね。練習ではうまくいくんだけど、根本的な解決にはならなかった。ずっと引きずっていた。ただ、彼は大学でも野球を続けて、6大学リーグで勝ち星も挙げたんじゃないかな。


 もう1人の例は、B君という捕手だった。


 上田氏 強肩で、二塁へはものすごい球を投げる。でも、投手に返せないんですよ。この子も真面目でね。「しっかり返せ」とか言われているうちに、意識過剰になってしまったんじゃないかな。やはり入学した時からそうでした。キャッチングも打撃もよくてね。もう、そこだけが問題だった。


 練習試合で、こんなことがあった。


 上田氏 2死二、三塁のピンチで、Bがピッチャーに返球したら…引っ掛かってしまったんだろうね。ボールがバウンドして三遊間を抜けていった。2点入ってしまいました。


 九州に遠征したとき、夜に監督同士で食事をする機会があり、イップスの話題が出た。B君の悩みを打ち明けると、地元高校の監督が、気功師を紹介してくれた。


 上田氏 「悪い記憶を消してくれる」というんですよ。わらにもすがる思いでBを連れて行きました。


 効果はあったのか。


 上田氏 気功師の方が両手をかざすと、Bの頭から湯気が出たんですよ。いや、本当に。で、投げてみろと言ったら、きれいにいい球を投げた。「治った」と喜んでね。私も、これからイップスの子はここに連れてくればいいと思っていたぐらい。でも、横浜に帰ったら元に戻っちゃった。


 監督生活の間、さまざまな取り組みをしたが、効果的な策は見いだせなかった。


 上田氏 技術的な問題の場合もあって、それはフォームで改善できる。でも、普段はきれいに投げるのに近い距離だけとか、そういう場合はフォーム矯正がイップスを増長させてしまう。よく「イップスなんて簡単に治せる」という指導者の方もいるけど、私に言わせれば、よく分かっていないんだと思いますよ。簡単には治らない。イップスは難しい問題だと思います。


元慶応高校監督の上田誠氏
元慶応高校監督の上田誠氏

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 簡単に治らない。だから選手がイップスに陥らないような指導が大切になる。


 上田氏 原因としては、怒鳴られるなど精神的な圧力を感じたり、型にはめようという指導ではないでしょうか。小さい頃にね。我々が小学生の頃は石ころ投げて、自然に投げ方を覚えたでしょう。でも、今は「手首の角度がどう」とか「肘の使い方はこう」などと、細かく指導される。そんなの気にしながら投げられませんよ。


 数多い技術書などには、正しいフォームとして細かい指導が書いてある。


 上田氏 後付けの説明でしょう。いい投げ方を言葉にしたら、そうなっただけ。特に小学生では理解しきれないと思いますよ。小学生の教え方が一番難しい。


 どのように指導したらいいだろうか。


 上田氏 ドリルがいいと思います。言葉で教えるのではなく、ドリルをこなしているうちに自然と覚える。半分遊びみたいに練習しているうちに身につくという形が一番いいと思います。


 例えば、どんなものがあるか。


 上田氏 くだらない話だけど、利き手に軍手2枚を重ねてキャッチボールをさせる。分厚いから指先の感覚がないでしょう。しばらくやって軍手を外させる。すると「指にかかるって、こういう感覚か」と分かる。指導者が何も言わないで教えられる。知り合いに聞いて、なるほどと思った。


 同氏はカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で1年間、コーチを務めた経験を持つ。


 上田氏 向こうは、上半身はあまりいじりませんね。ただ、下半身の使い方は教えていた。まず1本足で立つ練習などやっていました。あとはグラブ側の手の使い方ですね。ボールを持つ手の細かい指導はしていませんでした。


 今年からスタートした「神奈川学童野球指導者セミナー」は、来年以降も継続していく。


 上田氏 少年野球チームや選手が減っている。一方で大会が過密スケジュールになって、小学生が肘の手術をするケースも増えていると聞いた。それで指導者を集めてセミナーを開こうという話になりました。


 今年はスポーツ障害などの講義や、元DeNA投手の三浦大輔氏の特別講義もあった。同時に指導者が登壇し、「投手の球数」について意見を出し合った。


 上田氏 今後は「オフ」や「試合方式」などもテーマに話したい。低学年への野球普及も大切です。定着したらグラウンドで技術指導の講習もしたい。


 指導者同士が意見交換をしながら、選手育成について考えていく。こうした地道な活動も、イップス対策につながっていくと感じた。

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 次回は、大学の現役監督にイップスを聞きたい。(つづく)【飯島智則】