東農大の樋越勉監督(61)は、イップスを「選手なら、誰もが通る登竜門」と表現した。


 樋越監督 どんな選手でもイップスの要素は持っていると思いますよ。それが表面に出るかどうかの差だけ。真面目な選手がなりやすいと思いますね。大学やプロに入って、上のレベルに対応しようと焦る子ですね。だから私は入学してきた選手に言いますよ。「早く適応しようと思う必要はない。ゆっくりやりなさい」と。


14年10月、明治神宮大会出場を決め胴上げされる東農大北海道・樋越監督(中央)
14年10月、明治神宮大会出場を決め胴上げされる東農大北海道・樋越監督(中央)

 同監督は1990年に東農大北海道オホーツク監督に就任し、全国的に有名な名門校に鍛え上げた。2014年には明治神宮大会でベスト4に入った。ヤクルト風張蓮投手(25)や日本ハム井口和朋投手(24)ら、プロ野球選手も数多く育てている。昨年12月から東都大学リーグ2部に属する東農大の監督に就任した。

 実績あるベテラン監督にイップスを問うと、まずは自身が東農大の1年生だった頃の話をしてくれた。


 樋越監督 ノックでバックホームの練習をする時、キャッチャーだった4年生がミットを動かしてくれないんですよ。構えた位置にピッタリ投げないと捕ってくれない。これで投げられなくなってしまう選手が多かった。イップスですね。私は大丈夫でした。でも、捕ってくれないから、守備位置のセカンドから返球して、そのままバックネットまで球を拾いに走りましたよ。


 いかに対応したのか。そう問うと、当時を思い出すように笑った。


 樋越監督 対策はね、「さすがに顔に向かって投げれば捕るだろう」と思って狙ったんですよ。そうしたらミットを動かして捕りました(笑い)。練習後に呼び出されて殴られましたけどね。その後は多少ミットを動かしてくれるようになった。


 指導者としては後悔もあるという。あるとき、有望な左腕投手が入学してきた。数多くの大学から勧誘される中、両親や本人と何度も会って口説き落とした期待の星だった。


 樋越監督 絶対に育て上げようと、もう付きっきりで指導しました。打撃投手をするときも、そばについてボールを手渡して、あれこれ指導していたぐらいです。でもね、ホームまでツーバウンドするようになってしまった。その数年前に栗山(聡=96年ドラフト5位でオリックス入団)は、この方法で育ててうまくいった。でも、選手によって違いますよね。


東農大の樋越監督
東農大の樋越監督

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 イップス対策は、指導者に欠かせないという。

 大学の監督をしていると、高校の指導者と話す機会が多い。


 樋越監督 よく聞かれるんですよ。いろいろな野球の話をして、最後に「ところでイップスの選手にどんな指導をしたらいいですか?」って。みんな悩んでいるんだなと思いました。イップスをどうにかできたら画期的だなと思っていました。


 高校から大学に入り、野球のレベルが上がる。スローイングの正確さも求められる。


 樋越監督 スローイングって大切なんですよ。高校なら「大体このあたり」に投げればいいけど、大学だと「このへんに」と範囲が狭まる。プロなら「ここ」でしょう。それでアウトかセーフか、勝つか負けるか決まりますから。


 意識の高い新入生は、高いレベルに早く対応しようと躍起になる。そこがイップスの落とし穴になる。だから樋越監督は冒頭に書いたように「ゆっくりやりなさい」と忠告する。

 技術指導も焦らないで行う。


 樋越監督 例えばインステップする選手がいます。もちろん直した方がいいけど、インステップのすべてを否定したら投げられなくなってしまう。18歳としても、小学生時代から10年近く、そのフォームで投げてきたわけでしょう。それを1、2カ月で直すのは無理ですよ。


 どのように指導するのか。


 樋越監督 妥協点を探します。まず本人と話をして「投げられているなら、そのままでもいいけど、インステップだとこういう欠点が出てくるよ。体に負担もかかるよ」と説明します。本人が意識するようになれば改善していく。でも、一気にベストな形にはならない。少しずつ直ればいい。だから、どこで妥協するかが大切だと思います。


 否定しない。型にはめない。焦らない。名将の指導法は、イップス対策として大いに参考になりそうだ。


 樋越監督 高校からプロに入った投手で、力を発揮できないまま終わってしまう場合が多いでしょう。評判通りに大成した投手は大輔(松坂)、ダルビッシュ、田中、大谷… 彼らは別格ですよね。


 高卒選手が苦しむ理由は何だろうか。


 樋越監督 プロの指導者に細かく指導されると、18歳ぐらいでは、なかなか消化できませんよ。それまで「いい」と思っていた投げ方を否定されて、いろいろ直されて、「腕の絞り方」とか細かい部分まで指導される。一生懸命に言うことを聞いているうちに、投げ方が分からなくなってしまう。


 大学を卒業する頃には変わってくる。


 樋越監督 そう。少し大人になるからね。これ(右耳から左耳に通り抜けるしぐさをして)ができるようになる。18歳ぐらいじゃ、いろいろ言われたらかわいそうですよ。私は、高校生に声をかける時、そう言います。


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 選手がイップスに陥らないよう、工夫して指導している様子が分かった。

 では、実際に選手がイップスになってしまった場合、一体どうするのか。


 樋越監督 本人はもちろんだけど、周りも気を付けないとね。イップスは伝染するから。


 イップスが伝染する? 非常に興味深い話になってきた。(つづく)【飯島智則】