「イップスは伝染する」。東農大の樋越勉監督(61)がそう言った。イップスが、周囲の選手にうつっていくというのか。


 樋越監督 あるとき、高校時代に甲子園にも出た外野手が入ってきました。足も速くて打撃もいい、素晴らしい選手でした。でも、入学するときに本人が「僕イップスなんです」と言ってきました。「まあ、大丈夫だよ」と励ました上で理由を聞きました。「なんでイップスになったの?」って。私はてっきり、ミスして叱られたとか、先輩のプレッシャーだと思っていました。


 よく聞く理由である。だが、その選手の答えは違っていた。


 樋越監督 「イップスのヤツとキャッチボールをしていたら、いつの間にかうつっちゃった」と言うんです。


 思い当たる節があった。イップスに陥った選手が、ノックの際に送球ミスをする。当然に届く距離でワンバウンド、ツーバウンドの球を投げてしまう。


 樋越監督 これを見ていた次の順番の選手が、同じような球を投げてしまうんですよ。「あんな球を投げてはいけない」と逆にイメージしてしまうんでしょうね。


2014年明治神宮大会に出場した東農大北海道オホーツクの樋越監督
2014年明治神宮大会に出場した東農大北海道オホーツクの樋越監督

 イップス研究所の所長を務める河野昭典氏(59)の話を思い出した。

 「脳は1割が意識、9割が無意識。この無意識が誤作動を起こしてしまう」

 「イップスの多くは、『こうでなければならない』という固定観念が引き起こしてしまう」

 チームメートの悪送球を見て、無意識に自分も同じ球を投げるイメージをしてしまう。「きちんと投げなくてはならない」という固定観念が強くなる。そう解釈すると、イップスの伝染は理解できる。


 樋越監督 それ以来、キャッチボールの相手を考えるようになった。エースに育てたい1年生は、4年生のエースとペアを組ませています。逆に、ちょっとイップスになってしまった選手は別メニューにしてあげる。


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 同監督は昨年の夏、イップス先生と呼ばれる河野氏に講演を依頼した。昨年まで監督を務めていた東農大北海道オホーツクに招き、選手の前でイップスについて話してもらった。


 樋越監督 以前からあいさつはしていましたが、きちんとお話を聞かせてもらったのは初めてです。目からウロコというか、非常に勉強になりました。


 実績あるベテラン監督が、メモを取りながら河野氏の話を聞いていたという。


 樋越監督 我々はどうしても選手に対して高圧的というか、上から目線で話してしまう。でも、河野先生は選手の目線で、脳の話やメンタルについて分かるように説明してくれた。私も勉強になりました。技術を教えるだけでは、その場は改善できても、イップスが再発してしまう。一番大切な脳の部分を治していないからね。


 当時、投球に悩む投手がいた。


 樋越監督 イップスの選手は肘が下がって、置きにいくことが多い。だから私はバスケットボールのシュートをさせたり、キャッチボールの真ん中にネットを置いて山なりの球で越えさせたり。そういう練習をさせていた。あくまで肘の位置の矯正ですね。これも効果はあって、本人の言葉によれば「監督と練習して、暗闇がぼんやりと明るくなった」と。


 そのタイミングで河野氏と会い、無意識のメンタルトレーニングを実施した。無意識のメンタルトレーニングについては、連載の第8回に書いてある。


 樋越監督 そうしたら「はっきり光が見えた」と。そう言っていました。


 同じく第9回で紹介した河野氏によるイップス矯正のトレーニングも取り入れているという。


 樋越監督 バックステップとかね。肘の位置だけでなく、肘と下半身とのバランスなんだね。


 同監督はイップスを「選手なら、誰でも通る登竜門」と表現した。


 樋越監督 私は選手時代にイップスになった覚えはないけど、もしかしたら気付かぬうちに乗り越えていたのかもしれない。誰でも要素は持っていると思いますよ。


2015年全日本大学野球選手権で初戦突破しインタビューを受ける東農大北海道オホーツク大の樋越勉監督
2015年全日本大学野球選手権で初戦突破しインタビューを受ける東農大北海道オホーツク大の樋越勉監督

 たとえイップスに陥ったからといって、野球をあきらめる必要はない。


 樋越監督 イップスで野球をやめてしまうのは、もったいないですよ。大切なのは、言い訳にせず、自分で考え、気付くこと。イップスは、きっと乗り越えられると思います。


 昨年末に就任した母校の東農大は、東都大学リーグの2部に所属している。まずは2部で勝利を重ねることを目標としている。そして、いつかは1部の優勝、日本一を目指す。


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 もう少し指導者の話を聞いていきたい。次に紹介するのは松浦宏明氏(51)だ。元日本ハムの投手で、1988年にはパ・リーグの最多勝も獲得している。投手では珍しい背番号0をつけ、「逆転のマツ」「ゼロ戦のマツ」という愛称で親しまれた。

 松浦氏は現役を引退した後、整体師とスポーツトレーナーの資格を取得し、横浜市内に「松浦整骨院 松浦スポーツケア」を開業した。ここで初めて、イップスに陥った選手に会ったという。

 その後、手塚一志氏が代表を務める「上達屋」と契約して野球指導に携わるようになった。その後も現在に至るまで、中学生や女子野球チームなどさまざまな形で野球を指導してきた。

 研究熱心な松浦氏は、自身の理論を「Baseball Method (Physical Operation Method)」(スポーツ医学を基本とした理論、身体操作術)と称して提唱している。イップスについても研究や分析解析を重ねてきた。SNSを使って発信してきた情報を目にして、話を聞くことにした。

 取材は、松浦氏が勤務している東京・中野の「東京コミュニティスクール」で行った。全日制のマイクロ・スクールで、松浦氏はここで教師を務めている。(つづく)【飯島智則】