ソフトバンク武田翔太投手(25)は、プロ2年目に投球に悩んだ。

 新人だった2012年(平24)、七夕の7月7日にプロ初登板で初勝利を挙げた。そこから高卒新人のパ・リーグ記録に並ぶ、開幕から無傷の4連勝を飾った。この年は8勝1敗、防御率1・07の成績を残した。まさに鮮烈なデビューだった。


2012年7月7日、日本ハム戦でプロ初勝利を挙げたソフトバンク武田翔太
2012年7月7日、日本ハム戦でプロ初勝利を挙げたソフトバンク武田翔太

 翌13年は当然ながらローテーション投手として期待された。しかし、アクシデントに見舞われた。


 武田投手 右肩が痛くて、自分の思った通りに投げられなくなった。イメージ的には、気持ちと体がかけ離れている感じでした。


 当時、イップスに陥ったという意識はあったのだろうか。


 武田投手 それはありましたよ。ただ、周りにも何人か(イップスの選手が)いたので、それを見ていると「まだオレはイップスじゃないかもしれない」「まだ大丈夫だ」と。興味はあったので「どういう感覚なの?」と聞いて回ったりした。


 どんな状態だったのか。


 武田投手 投げられるけど…(ストライクの)枠内には行ったり行かなかったりで、キャッチャーの構えたところには投げられない。最初の原因は肩痛なんですけど、そこからメンタルはつながっている。肩を痛めて、我慢して投げる。そうすると痛くない部分を使って投げるから変な癖がつく。その変な癖をとるのも時間がかかる。そういう具合でした。


 武田投手が新人だった年、イップス研究所の所長、河野昭典氏(59)はソフトバンク球団のメンタルアドバイザーを務めていた。この年の秋季キャンプで講演をした際、武田投手と出会った。


 河野氏 キャンプ休日の朝9時ぐらいからスタートで、みんな眠そうにしていた。そこで武田投手だけが違っていた。私の言葉をかみしめるように聞いていたし、終わった後で「言っていること、よく分かりました」と。その講演は「自分を知るということ」といったテーマだったのですが、彼はもともとメンタルに興味があったので理解が早かったと思います。


武田投手(左)はイップス研究所の河野氏と握手する
武田投手(左)はイップス研究所の河野氏と握手する

 武田投手は中学、高校時代からメンタルに興味を持ち本を読んでいた。


 武田投手 読んでいたけど、理解はしていなかった。メンタルが大事なのは分かるけど…という程度。河野先生にいろいろ話を聞いてもらってから分かるようになってきたんですよ。メンタルの本も読んでいたけど、多かったのは啓発本です。経営者の書いたもので、例えば松下幸之助さんだったり。気持ちが楽になるものです。


 彼の新人時代、マウンド上での笑顔が話題になった。中学時代に始めた習慣だったという。


 武田投手 本を読んで思ったんです。ボクは野球を始める前、もともとの性格は非常に怒りっぽいタイプの子どもでした。ものごとがうまくいかないと自分にも腹を立てるし、周りにも言ってしまう。でも、野球を始めてピッチャーになったら、仲間がエラーしたときに怒れますか? 怒れませんよね。逆の立場で考え、「それでは、あかんな」と思うようになりました。


 その考えからマウンド上で笑うようになった。


 武田投手 大事な試合でエラーされたらガクッとなりますよ。でも、態度に出したら、その選手だったり、こちらのベンチにどう影響が出るか。同い年でもそうだし、年下ならなおさら固まっちゃう。だからグッと抑えて「大丈夫よ。次ゲッツーいこう」とか笑って言うようになった。その方が仲間も守りやすい。相手チームと戦うのも大事だけど、ボク以外の8人の顔を見るようにしていた。「あいつ調子悪いのかな」とか「センター、顔色悪いんじゃないかな」とか。それで、ベンチに戻った時に「体調どうなの?」と聞いたりしました。


 エースが笑顔ならチームのムードも高まる。


 武田投手 そのためには楽しむ気持ちが大切です。無理やりで笑顔をつくっても目だけ笑っていない。たまにそういう時もあるんですよ。引きつり笑い。だから楽しむ気持ちでプレーしていました。


 中学、高校時代から自身のメンタルやチームの雰囲気を考えながらプレーしてきた。そんな武田投手が、プロ2年目、20歳で壁に当たった。右肩痛の影響から、思うように投げられない。イップスに陥る危惧さえあった。当時はどのように対処したのか。


 武田投手 投げれば、投げるほど悪くなってしまう。だから逆に、思い切ってボールを触るのをやめた。試合の日以外はボールを触らないスタンスでやっていた時期もあった。2年目ですね。登板間隔には走って、トレーニングをするだけ。試合前に軽いキャッチボールをする程度でした。


 コーチ陣は、プロ2年目の若手にその調整方法を認めてくれたのか。


 武田投手 「やれ」とは言われたけど、やったらダメになるのが分かっていたので。ダメだった場合、誰が責任取るのかって話になったら、自分で取るしかないでしょう。だったら自分の思い通りにやった方が後悔しない。それでダメなら下(ファーム)に降りて、もう1度やり直せばいいと思っていました。


 効果はあったのか。


 武田投手 リフレッシュにはなった。例えば中6日で、6日間ずっと悩んでいてもね。投げるけど、うまくいかない。少しずつ試合が近づいてくるから焦る。でも、うまくいかない。やるほどにメンタルが落ちていった。それなら開き直って「何もせんでも勝てますよ」と、それぐらいでいった方がいい。そういう時は…ですよ。その気持ちでいけばいいと思った。


2013年5月19日、中日戦の4回、マウンド上で汗をぬぐう武田翔太
2013年5月19日、中日戦の4回、マウンド上で汗をぬぐう武田翔太

 対処法の1つにはなった。しかし、根本的な解決には至らなかった。5月22日には再調整のため2軍に降格した。この時点で2勝2敗、与四球はリーグ最多の29個だった。この降格は自ら申し出たという。


 武田投手 ピンときたんです。「これ以上やったら野球ができなくなる」と。だから自分から「もう無理です」と言った。やめる勇気。これを持てなかったら、今ここにいません。どこかで会社員になっていたでしょう。それは間違いない。今、当時の自分に「よく、やめる勇気を持てたな」と言いたい。そのおかげです。


 首脳陣の反応は?


 武田投手 ビックリしていました。「次、中6日でいけるか?」と聞かれて「いや、無理です」と。「何でだ?」と言われて説明しました。そこまでは、1年目に活躍した流れを壊したくない、何とか自分を格付けしたいという気持ちがあって無理をしてしまった。プロ野球は試合に出ないと仕事にならないですから。でも、2年目にガッツリやって8、9勝したとしても、次の年がなかったと思いますよ。


 再調整後に1軍に戻っても、状態は上がらないままだった。この年は4勝止まりで、リーグ最多の68四球を与えた。

 当時の日刊スポーツを調べると、この年の「秋季キャンプはノースロー」という記事がある。また、3年目の翌14年2月の春季キャンプも投球練習を行っていない。勇気を持って「投げない期間」を設け、治療とトレーニングに専念した。

 投球の再開は3月で、1軍登板は8月6日までなかった。ただ、この日の勝利を含め、終盤だけで3勝を挙げ、手ごたえを持ってシーズンを終えた。翌15年は13勝、16年は14勝と躍進を遂げた。


 武田投手 苦しんだ2年目があったからですね。調子がよかったら、人間は考えないでしょう。調子がよければ何も考えなくてもキャッチャーが構えたところに投げられる。でも、悪い時は何か考えてやらないとうまくいかない。考えてやって、それを考えなくてもできる方向に持っていくことが大切なのかな。


 苦しんだ2年目、3年目に河野氏の指導を受けた。横浜市内のイップス研究所で無意識のメンタルトレーニング(第8回参照)も実践している。


 武田投手 プライベートでもどん底で悩んでいたんです。若かったから、いろいろあったんですよ。でもチームメートには悩みを話したくないし、親にも言いにくいでしょう。そんな時に河野先生と出会って、素直にいろいろ話せた。


 どのような指導を受けたのか。


 武田投手 「考えるよりも感じろ」ですね。これが一番です。


 球界を代表する投手になった今は、どのような考えを持って臨んでいるのか。


 武田投手 昨年、今年と1年単位でみれば「ダメだな」という気持ちになるんですけど、「じゃあ野球人生の中で見たら?」と考えている。今までメチャクチャ活躍した選手に、調子が悪かった年がなかったのか。もちろん、ない方がいいですけど、そういう年があるから次によくなっていく要因になる。


 昨年は6勝4敗。今年も今のところ、彼の実力からすれば満足できる結果は残せていない。


 武田投手 毎年やっていく中で引き出しが増えていけばいい。これが原因で調子が悪いと分かっていれば、同じ状態になったときに「こうすればいい」という引き出しがある。それで直らなくても、そういうモノを持っているだけで違う。迷わずに済む。引き出しを3つ、4つ持っていれば、そのうちの1つが当てはまるかもしれない。


 不調やイップスに悩む選手にとって参考になる話がたくさんあった。そう告げると彼はトレードマークの笑顔を見せてくれた。


 武田投手 参考になればうれしいですね。


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 武田投手はイップスの疑いもあった不調を乗り越え、今も球界を代表する投手として活躍している。

 だが、イップスのままに引退に至った選手も多い。

 次回はそんな投手の話を紹介したい。(つづく)【飯島智則】