巨人、近鉄の左腕投手だった小野仁氏(41)は、今でも不安が胸をよぎる。すでに現役を退き、会社員として働いている。そのかたわらで仲間と軟式野球を楽しんでいる。


身ぶりを加えながらイップスについて説明する小野氏
身ぶりを加えながらイップスについて説明する小野氏

 現役時代のような勝負ではなく、趣味の野球である。だが、時に不安になる。また、イップスの症状が出るのではないかと。マウンド上で左打者を迎えた時に多いという。


 小野氏 ときどき症状が出そうになりますね。左打者に対して抜けそうな感覚があって、頭に投げちゃダメだと思うと体が開いてしまう。「開いているな」「腕が上がっていないな」と意識し始めると、思うように体が動いてくれない。


 後から思えば、イップスに陥ったのは2002年の秋だった。巨人からトレードされた近鉄の秋季キャンプに参加した。

 

 小野氏 僕の症状には大・中・小のランクがありました。最初は「小」でした。自覚症状はないんですけど、ストライクが入らない。ちょっとずれる。「調子が悪いのかな」と思うのですが、何か違和感が残るんです。


 発症の理由について、思い当たる節がある。フォーム変更だった。

 もともとオーバースローで、187センチの身長と長い腕から投げ下ろしていた。だが、大きな期待にこたえられる結果が出なかった。


 小野氏 上からでもコントロールはよくありませんでした。当時の巨人投手コーチだった宮田征典さんに「横に変えてみたらどうだ」と勧められた。「ランディ・ジョンソンみたいになるんだ」と。自分としては上から投げたかったけど「それではチャンスがなくなるぞ」と言われて、横に変えました。


2001年4月、広島戦で登板した巨人小野仁投手
2001年4月、広島戦で登板した巨人小野仁投手

 首脳陣とすれば、大器ながら持ち味を発揮できない小野氏の転機としたかったのだろう。ランディ・ジョンソンの名前を出すところからも、大きな期待がうかがえる。だが、小野氏には釈然としない思いが残った。オーバースローへのこだわりを胸に秘め、プロで生き残るためにサイドスローで投げた。

 ところが横投げも定着してきた頃、近鉄にトレードが決まった。


 小野氏 トレードが決まった時、近鉄球団の方に言ったんです。「上に戻してもいいですか」って。許可をもらってオーバースローに戻しました。でも、今思えば、上投げと横投げでバランスが崩れてしまったんでしょうね。


 2002年の秋季キャンプでは近鉄の一員として、オーバースローで練習した。思い通りのフォームで今度こそ躍進を遂げる。そういった強い決意で自主トレーニングにも臨んだものの、トレードの翌2003年春季キャンプで、イップスの症状は重くなった。


 小野氏 今度は「中」の症状ですね。オープン戦でもまったくストライクが入らない。イップスを治す理論とかまったく知らなかったから、本当に困りましたね。


 ブルペンでの投球練習でもボールが制御できない。投げ方が分からなくなるばかりだった。


 小野氏 何カ月かに1日ぐらい、マッチする日があるんですよ。どんどんストライクが入るんです。これでコーチに「よし、よくなったな。試合に登板してみよう」と言われる。でも、試合で投げると…


 この年の4月15日、ウエスタン・リーグの広島戦では6連続を含む1イニング8四死球という大乱調を演じた。


 小野氏 ど真ん中でもいい。打たれてもいい。そう思って投げてもストライクが入らないんです。もう、どうしていいのか分からなくなりました。自分の引き出しが少なかったんでしょうね。もう1度、サイドスローにしてみても、ますますおかしくなる。1度狂った歯車は元には戻りませんでした。


2003年3月、オープン戦の中日戦で押し出しの四球を与えた近鉄小野仁投手
2003年3月、オープン戦の中日戦で押し出しの四球を与えた近鉄小野仁投手

 この年限りで近鉄から戦力外通告を受けた。引退した後、しばらくボールを触らなかった。だが、数カ月後に再び現役を目指して練習を始めた。


 小野氏 イップスで戦力外になったけど、スパンを設ければ治ると思っていたから。最初は壁当てから始めました。壁当てはいいんですよ。でも、しばらくして投球練習になったらダメ。打者を立たせたら、まったくダメです。ストライクが入らない。秋のトライアウトを受けたけど3死球で終わり。もう治らないんだと現役はあきらめました。


 今あらためてイップスをどう思うか。


 小野氏 やっぱりメンタルによるところは大きいと思います。自分の高校時代のフォームを見ると、理想的な投げ方じゃないかと思います。好き勝手に相手を見下ろして投げていた。プロでも、そうやって投げればよかったんでしょうね。


 イップス先生こと、イップス研究所の所長を務める河野昭典氏(59)がフォーム変更について話していた。これは小野氏に関してではなく、あくまで一般論として語っている。


 河野氏 イップスに陥ると、ポジションのコンバートやフォーム変更が行われます。単なる気分転換では好転しません。本当にその選手に適した投げ方か。さらには、選手本人が納得しているかが重要です。


 小野氏はイップス先生の存在を知っていた。今でもインターネットなどで、イップスについて調べているという。


 小野氏 投球でも打撃でも、1つ1つのバランスを研ぎ澄まして形ができる。紙一重なんですよ。ちょっとバランスが崩れただけでおかしくなる。何となく「こんなフォームでいい」と思っていては、改善しようと思っても改善できないものですね。


 今は会社員として忙しく働くかたわら、草野球だけでなく野球教室に出向く機会もある。


 小野氏 指導は上から言うんじゃなくて、歩み寄って話すというのが一番いいと思っていますよ。


 美しかった高校時代のフォームは、戻らないままに現役生活を終えた。イップスがなければ…イップスに対応できていれば… 誰よりも小野氏がそう思っているだろう。


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 次回はもう1人、イップスが大きな原因となって現役を終えた投手に聞いてみたい。(つづく)【飯島智則】