宮城大会準決勝・東陵-仙台育英。Koboパーク宮城のスタンド中央に、試合を見守る1人の男性がいた。東北労災病院スポーツ整形外科医長の黒川大介さん(40)だ。スタンドの「真ん中」に座り、フラットな気持ちで試合を見つめる。どちらを応援するわけではない。しかし、心の中は熱い思いでいっぱいだった。

 東陵は、3月の野球検診で訪れていた学校だった。選手たちは助言を聞く態度が真剣で一体感を感じた。

 「自分のプレーはできているかな?」「熱中症は大丈夫かな?」

 関わった選手の活躍はやはり気になる。試合は延長15回、引き分け再試合になった。3月に教えたストレッチをチームで続けていたと伝え聞き「あの時感じた一体感が、劣勢でも負けない精神力につながったんだなと思います」。担当した選手が集大成を見せる夏。黒川さんにとっても、毎年7月は特別な思いがこみ上げる。

東陵での野球検診の風景(3月)。延長再試合を行った選手たちに一体感を感じていた黒川医師
東陵での野球検診の風景(3月)。延長再試合を行った選手たちに一体感を感じていた黒川医師

■「野球検診」で県内約30校とつながり

 「野球検診」という言葉を聞いたことがあるだろうか?

 整形外科医、理学療法士(PT)、作業療法士(OT)らが野球選手の元を訪れ、肩、ヒジ、腰などを問診、可動域の測定や、肘のエコー診断に加え、ストレッチ指導なども行う出張型の検診だ。約30年前に徳島で始まり、現在は「新潟メソッド」で有名な新潟を筆頭に、群馬、神奈川、京都、兵庫などで行われている。

 なぜ検診が必要なのか?

 野球のケガというのは外傷と違って、無理な動作が引き起こす「障害」が痛みの原因となっている。そのため、無理を続けてしまったり、痛みを自覚しないままプレーを続けたりする選手が多く「痛くならないと病院に行かない」選手がほとんどだという。検診での早期発見が必要なのだ。

 東北大学医学部在学中、東北福祉大野球部のトレーナーをしていた黒川さんは、検診の大切さを唱え、有志の医療チームを組んで2011年から高校野球の野球検診を実施。地道な活動が指導者の間でうわさが広がり、6年経った現在は約30校の選手とつながった。利府、東北、東陵、柴田、黒川、石巻工…。今夏、上位に進出したチームも多い。よりよい運営を目指して、2015年12月に「NPO法人 スポーツ医科学ネットワーク」を設立。約12人のメンバーとともに、小~大学生の野球検診、スポーツ障害を啓発する講演などを行っている。昨年11月は、県高野連主催で「北部地区」(15校)の検診を担当。秋~春の間で全15回、約1400人の野球選手の検診を行った。

スポーツ医科学ネットワーク(永元英明理事長)のメンバーと、佐沼、登米、登米総産の選手たち(1月)
スポーツ医科学ネットワーク(永元英明理事長)のメンバーと、佐沼、登米、登米総産の選手たち(1月)

■「ケガはあたり前に、あるもの」という考え

 「ケガは我慢するもの」「監督に話したら試合に使ってもらえない」。そんな悩みを抱えている野球選手は少なくないだろう。記者もこれまで「気持ち」や「アドレナリン」という言葉で痛みを乗り越えようとしている選手を何人も見てきた。ケガは「隠すもの」というイメージも、いまだにあるように思う。

 黒川さんは「『ケガは当たり前に、あるもの』という認識を持ってもらうことが大事」と力説する。「頑張る選手や、能力のある選手ほどケガをしてしまうんです。ケガをしても、治療とリハビリで『復帰(ゴール)』できることを伝えてあげれば、ケガの恐怖心はなくなる」と続けた。黒川さんがこだわっているのが、野球に精通した理学療法士との連携だ。盟友である村木孝行さん(東北大学病院理学療法士)と密に連絡をとり、ゴールまでのプランを考える。2人のコンビプレーで救われた選手は数えきれない。

 その一例が、昨夏の宮城大会決勝だった。東北-利府という、担当校同士の合わせとなった。東北も利府も春はケガ人が多く大変な状況だったが、検診した選手たちがリハビリとトレーニングを地道に続けた結果、勝ち上がることができた。東北は今年も、2年連続の決勝進出を果たしている。

対柴田戦。敗れた利府・畠山大樹、佐藤由武投手は試合後に黒川医師に駆け寄り、伝えきれない感謝を握手に込めた(左が黒川医師、右が村木PT)
対柴田戦。敗れた利府・畠山大樹、佐藤由武投手は試合後に黒川医師に駆け寄り、伝えきれない感謝を握手に込めた(左が黒川医師、右が村木PT)

 野球検診を始めたころは、理解が得られず指導者から「チームへの介入」と警戒されることもあった。そんな中でも、黒川さんは村木さんとともに選手と向き合い、信頼を積み重ねた。そして「今」がある。

 ようやく「賢者の選択」として周知されつつある「野球検診」。

 佐沼・茂泉公己監督は「病院に選手を行かせると『安静に』『休め』としか言われないイメージがありましたが、黒川先生のチームは『機能改善』に最善を尽くしてくれるところが良かった」。登米・清野俊亮部長は「とてもいい試み。地区に分けて、小中高のタテのつながりで検診ができればなお良い。入学前にケガをしている子が多く、2年半の高校野球では改善できないことがある」。東北・我妻敏監督は「指導者も『病院に行く=サボっている』と言う考えを持ってはいけない。黒川先生、村木先生との信頼関係があるから安心して任せられる」など、理解の声は高まっている。

 医療スタッフの確保や、連盟の理解など、まだまだ環境改善しなければいけない問題はあるが「ケガは怖くない。つきあうもの」という考えが、スタンダードになる日は近いはずだ。黒川さんは言う。「ケガはこの先もなくならない。僕ら医療側が持っている情報をうまく利用して、チームに生かしてほしい」。胸にあるのは、野球選手を守りたいという思い。ただそれだけだ。【樫本ゆき】

黒川医師(写真右)は、OCD(離断性骨軟骨炎)の早期発見を目指し、小学生の野球検診を強く奨励している(1月。楽天ベースボールスクール野球検診)
黒川医師(写真右)は、OCD(離断性骨軟骨炎)の早期発見を目指し、小学生の野球検診を強く奨励している(1月。楽天ベースボールスクール野球検診)