「3、4番がいいところで打っていればね。あそこで打てなかったのがすべて。同点に追いつきたかったね」。ノーシードながら、東筑が春の九州王者・西日本短大付に1点差負け。「善戦」という言葉が浮かんだが、指揮官の言葉は悔しさでいっぱいだった。

 悔やんだのは3点ビハインドの5回裏。無死一塁からバスターエンドランを仕掛け、連打で無死満塁としたあとだ。2番植田壮紀(3年)のときに攻撃タイムをかけ「三振してもいいからな」とひと呼吸おかせると、そのあと左前タイムリーが出て1点を奪取。なお無死満塁だったが、後続が併殺で倒れ逆転できなかった。青野浩彦監督(59)は試合の反省を一気に言い終えると「でも藤原、和久田がよく投げてくれましたね」と選手たちをねぎらった。「ここまで勝ち残ったことが不思議で仕方ない。120%出し切った夏でした」と、最後は優しい表情で長かった夏を振り返った。


2年春に野手でセンバツ出場した藤原。目には涙が光ったが、やり切った表情で球場を後にした
2年春に野手でセンバツ出場した藤原。目には涙が光ったが、やり切った表情で球場を後にした

エース石田旭昇(現法政大1年)を擁し、2017年夏、2018年春に創部初の2季連続甲子園出場した東筑。これまでチームの練習や試合を取材してきたが、青野監督の「やりくり上手」には何度も驚き、感動させられたものだ。選手たちの長所を見抜き、試合で発揮させることが抜群にうまいのだ。

2年前の夏の決勝戦。三浦銀二(現法政大2年)擁する優勝候補・福大大濠を破ったときもそうだった。バントが得意な左打者・北村謙介(現慶応大1年)に「カーブ限定のセーフティスクイズ」のサインを出し、成功した。今大会は「エース不在」という緊急事態の中で開幕したが、野手でクリーンアップを打ってきた藤原圭一郎(3年)、和久田秀馬(3年)らをスクランブル登板させ、準決勝まで勝ち上がった。勝つたびに成長する選手たちの伸びしろに「信じられない」(青野監督)。毎日が驚きの連続だった。


■上手い子も、そうでない子も。見続けているから、起用がハマる


一見「無茶ぶり」とも思える(?)選手起用には、しっかりした裏付けがあった。青野監督は毎日1番早くグラウンドに到着し、3時間弱という短い練習の間、たとえば取材を受けている間も、ずっと選手たちを見続けているのだ。推薦枠を持つ東筑には、能力のある選手が入学することがある。しかし、中学時代無名だった選手も多く、野球がうまくない選手に対しても「いいところ」を引き出そうと、毎日、目を皿にしてグラウンドに立ち続けてきた。あきらめない青野監督の「長所探し」。指導者に最後まで可能性を探してもらえる選手たちは「幸せ者だな…」とうらやましくも思えた。準々決勝で公式戦初登板し、この日も7回途中からマウンドに立った和久田は「高校野球、楽しめました」と、涙でうるむ目を光らせてほほ笑んだ。入学後のケガで、投手から外野手転向した和久田だが、2年半の自分の成長に対する喜びが顔いっぱいにあふれていた。


打席の途中に攻撃タイムをとって、打者にひと呼吸おかせる青野監督
打席の途中に攻撃タイムをとって、打者にひと呼吸おかせる青野監督

人生は予定どおりにいかないことのほうが多いかもしれない。社会に出れば無理難題に応えなければならないし、誰かを救うために自分を犠牲にすることもあるだろう。少しおおげさかもしれないが、“急造エース”藤原をみんなで助け、ピンチを乗り越えていく東筑の戦いには、社会で必要なことが重なって見えた。そして、エースがいなくても、助け合えば、準決勝の舞台に立つことができる。そのことを選手たちが証明した。明るく、愉快で、刺激的だった東筑の夏が終わった。【樫本ゆき】