鈴木大地スポーツ庁長官(52)が高校野球を語った。猛暑、球数制限、野球人口減少など、アマチュア球界が直面する問題を受け、具体的に提言。

各都道府県で第101回全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)が本格化するのを前に、スポーツ施策をつかさどる行政機関のトップとして「選手ファースト」の視点を示した。全3回でお届けする。【取材・構成=荻島弘一、古川真弥】

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バサロ泳法で世界を制した鈴木長官は、野球どころ千葉・習志野出身。8歳だった75年夏、エース小川淳司(現ヤクルト監督)を擁し甲子園で優勝した習志野を夢中になって応援し、凱旋(がいせん)パレードに手を振った。「高校野球、大好きです」と自覚するからこそ、個人的な考え方を交えながら、高校野球のあり方に一石を投じる。

鈴木長官(以下、鈴) 若い人たちの将来を考えると、高校野球は変わらないといけない。高校野球を終えた時、「肩が痛い」「肘が痛い」「金輪際、投げられません」という部活のあり方。まず、これにもの申さないといけない。

根底には「子どもは宝」という信念がある。少子化が進み、野球人口の減少は深刻化している。「40度近いところで何時間もプレーして、事故が起きたら」と猛暑への不安も募る。高校で野球を終わらせていいのかという強い危機感が、大胆なアイデアを生んだ。「私が今、提唱しているのは…言っていいのかな?」。一瞬、言いよどんだ後、口を開いた。

提言(1)プロ野球の球団にユースチームをつくろう

鈴 プロの球団に「ユースチームを持って下さい」と言っている。個人的に話しているが(プロも)ちょっと乗り気になっている。

球団が自前で高校世代のチームを持つというもの。具体的な球団名こそ伏せたが、反応は悪くないという。構想の意図を、サッカーとの比較で説明した。

鈴 サッカーは高校レベルでも、いろんな選択肢がある。Jリーグのユースに行こうか、高校のサッカー部に行こうかと。ユースと高校によるリーグ戦もあり、うまく機能している。ところが、野球は、中学まではボーイズだ、シニアだ、軟式だと、いろいろ選択肢があるのに、高校レベルになった途端、高校でしか出来なくなってしまう。だから、甲子園で燃え尽きてもいいというマインドに、みんな染まってしまう。

甲子園を目指すこと自体が悪いわけではない。問題は、甲子園で燃え尽きてもというマインドが、子どもたちに「無理をさせてしまうこと」だと断言した。

鈴 生徒も監督も甲子園をゴールと思うから燃え尽きるような発想に陥りやすいが、プロのユースなら、将来は自分のチームの主力になる可能性がある選手たち。当然、そんな無理をさせることはなくなる。

プロ側の視点に立ってみると、有望な中学生にアクセスできるメリットは大きい。12球団が団結すれば、全くの絵空事とも思えない。しかし、人材が流出するアマ側の激しい反発は確実。その指摘を、一蹴した。

鈴 反発は当然、あるだろう。だが、中学生にとって良いことなのは間違いない。いろんな選択肢ができるのだから。そういう環境をつくることが大事。「俺の目標は高校野球じゃない。大学だよね」とか、「プロ野球だよ」「メジャーだよ」とか思うなら、無理をさせられない環境に進む。若い人たちが、自分で好きな環境を選べるのが健全だと思う。一番良い形を選ぶことで、環境が整っていく。プロを目指す中学生から「最終的に生徒を大事にしない」と思われる高校は淘汰(とうた)される。

目的地が1つしかないと、レールから外れた子どもたちをすくい取れない。今のままだと、野球界のためにも生徒のためにも良くない。かえって高校野球の土台は揺らいでいく。選択肢の多様化、価値観の重層化が必要という主張だ。そこで、危惧する「甲子園のマインド」を解きほぐしてもらう。

提言(2)勝利至上主義ではなく、勝利主義でいこう

甲子園に行くためなら、何でもやる。そんな「甲子園のマインド」は、勝つためなら何でもやる「勝利至上主義」に陥りやすい。

鈴 認められない。無理をさせても、ルールを破っても、となるから。「勝利主義」にすべき。スポーツは勝つことは大事。争って、うまくなろう、強くなろうという気持ちは当然。だが、そこに至上主義が入ると、いろんな弊害が起きる。

酷使による故障は、弊害の顕著な例と言える。日本高野連も、有識者会議で球数制限の議論を進めている。鈴木長官は「結果ありきではだめ」としながら、議論の深化を期待した。

鈴 大事なのはケガの予防。球数だけにこだわる必要はない。球数制限と登板間隔を総合的に考え、若い人たちの身体的負担がない試合形態が必要だろう。もし、試合日程が1週間に1度だったら、それでいい。過密日程だから、連投になる。

日程を緩和するには、球場確保など、クリアすべき課題が出てくる。ここで“ウルトラC”を提示した。

提言(3)センバツ甲子園は都市対抗方式で

社会人野球の都市対抗は、同地区の他チームから補強選手を呼ぶことができる。同様の方法は、甲子園大会でも可能ではないか。

鈴 春と夏、同じような大会をつくらなくてもいいのでは。今でも違うやり方にはなっているが、たとえば、春のセンバツは1つの高校だけでチームとするのではなく、都道府県代表のようなチームをつくる。他の高校の投手も助っ人として4、5人、呼べることにする。都市対抗のイメージ。投手が増え、連戦も可能になる。過密日程でやるなら、いかにチームの投手を増やすか考えないと。

秋季大会の結果から出場校を決めつつ、「都道府県選抜対抗戦」の色を打ち出す。「体の負担をなくすため、もっと柔軟に日程やチーム編成を考えていい」と付け加えた。

プロ野球ユース構想や、センバツ甲子園都市対抗方式は、高校野球の勝利至上主義を是正する一手となるだろうか。少なくとも、既存の価値観が揺さぶられるのは間違いない。だが、どんなアイデアを打ち出したところで、こういう反論は根強いのではないか。「成長期に試練を与えなければ、逸材は育たない」と。

鈴 考えは分かる。今の高校野球のやり方の中で、これだけ名選手が育っているのは、すごいこと。ならば、もっと負担がない形、緩やかに体をつぶさない形でやったなら、もっと名選手が生まれてくると思う。やってないから、比べられないだけではないか。

先入観を排すよう訴えた。当たり前と思われてきたものが、実は絶対ではないというケースは、他にもある。(つづく)

 

◆鈴木大地(すずき・だいち)1967年(昭42)3月10日、千葉県習志野市生まれ。7歳で水泳を始め、千葉・市船橋高3年のロス五輪に出場。順大4年時のソウル五輪100メートル背泳ぎは、予選3位から決勝で潜水スタートのバサロを伸ばす秘策で逆転、日本水泳界に16年ぶりの金メダルをもたらした。92年の引退後は米国でコーチなどを経験し、00年から母校順大に戻り、水泳部監督。日本水泳連盟会長、日本オリンピアンズ協会会長などを経て、15年10月に初代スポーツ庁長官に就任した。