佐賀北「がばい旋風」の再現はならなかった。07年優勝時の背番号1だった久保貴大監督(30)の監督としての甲子園デビューは苦いものとなった。磨いてきたはずの内野守備陣が初回に失策を重ねるなどで3失点。立ち上がりのつまずきが響いて、完敗を喫した。

久保監督 子供らは一生懸命、自分たちができることを精いっぱいやってくれたと思う。普段は失策をしない選手だが、彼らで勝ってきたので責められない。

敗戦チーム監督として臨んだインタビューでは涙もなく試合を振り返った。12年前とは違う景色と敗戦の悔しさを押し殺していた。「監督としては采配らしい采配はできなかった。全国で戦うことの難しさを感じました」。5点ビハインドの5回に犠打で進塁させ1点を取った。「まず1点を取ることで流れも変わると思った」。6回にも1点を取り3点差までにじり寄った。逆転勝ちで「がばい旋風」再現かと期待させるシーンもあったが甘くはなかった。

久保監督 子供らには感謝してます。ここまで(甲子園)来させてもらった。佐賀大会でもあきらめることなく戦ってくれたし、甲子園でも十分戦えるとも思う。

勝てない時期に選手らから采配についての不満も聞こえてきたことがあり、暇を見つけては県外の強豪校に出向き、監督として勉強する努力をしてきた。甲子園では実現できなかったが、その道のりは監督としての成長の証しでもあった。「守備をあらためて鍛え直してまた出てきます」。久保監督は指導者としては屈辱のスタートを、次なる伝説の糧にする。【浦田由紀夫】