球児たちの躍動が「希望」となる。第93回選抜高校野球大会が19日、甲子園で開幕した。

新型コロナウイルスの影響で、昨年は春、夏とも中止。コロナ禍は続き、さまざまな制約がある中でも、2年ぶりに観客の前でプレーする全国の舞台が開かれた。開会式の選手宣誓で仙台育英・島貫丞主将(3年)が「希望」を口にし、日本高野連・八田英二会長はギリシャ神話「パンドラの箱」を紹介。災いの後に残った希望のように、一投一打が未来への希望となれ-。

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春の陽気ただよう甲子園の風に乗り、黒土の上に6本の旗が力強くはためいた。コロナ対策のため、初日に出場した学校だけが開会式に出た。ただ島貫は、全32校の代表だった。「希望。失った過去を未来に求めて、希望を語り、実現する世の中に」。つらい過去から前へ進む決意。入場制限で観客は7500人しかいなくても、全ての人に届けとばかりに堂々と語った。

第2試合、仙台育英側の三塁側内野席。「これが、あの子だったらと思うと。ちょっと複雑。思い出したら泣いてしまう」と目元をぬぐう田中千恵香さんの姿があった。昨年の主将で、この3月に卒業した祥都内野手の母。息子は立大に進み、既に大学の練習に参加している。観戦はかなわないが、兵庫在住の千恵香さんは駆け付けた。

1年前の3月11日、センバツの中止が決まった。仙台からかかってきた電話越し、2人で涙をこらえた。息子も出られたはずの舞台で、息子のいないチームが勝った。「震災10年で、コロナ禍で。みんな、どんよりする中でも、この子たちは全力。それぞれが、それぞれの場所で頑張ってるんだな」とほほ笑んだ。

敗れた明徳義塾の一塁側アルプス席にも、後輩たちを見守る澄んだ瞳があった。

卒業したばかりの山中裕介さんと、今釘勝さん。「うらやましい!」と声をそろえた。中止でなければ立てたのに…ただ、あこがれ以上に新生活へのエネルギーが湧いてきた。就職する山中さんは「今までは中止の悔しさが大きかったですが、甲子園を目の前にして、新たなスタートを切れる気がします」。大学で野球を続ける今釘さんは「人生、戻ることはできないし、そんなにうまくいかない。どう耐え抜くか。もっと強く生きていこうと思いました」と言った。

球場に来ずとも、希望を受け取った若者もいた。第3試合、高崎健康福祉大高崎を卒業した昨年の主将、戸丸秦吾捕手。進学先の立大で練習を終え、6回からテレビで応援した。「高松がよく投げたし、小沢のフェン直は惜しかった。次は(本塁打を)打つでしょう。優勝の希望を感じます」と声を弾ませた。出場が決まっていたセンバツの中止直後「気持ちが追い付かない。心と体がバラバラ」と現実を受け止めきれなかった。今、こう思う。「後輩たちが『俺らの分まで』は嫌なんです。後輩たちは後輩たちの野球をやってほしい。その姿を見て、自分も頑張らないと」。

開会式で、八田会長はギリシャ神話「パンドラの箱」に触れた。世界中で、箱からあらゆる災厄が飛び出したように、ウイルスが猛威を振るう。それでも、箱には「希望」が残っている-。「どんな時も希望を胸に、目的に向かって力強く挑戦を続けてください。挑戦こそは、皆さんの未来を開く原動力です」。希望を抱く球児たちだから、見る者にも希望を運んでくれる。

第1試合で延長サヨナラ負けし、1試合で去ることになった北海の大津捕手は「負けてしまったのは、次の夏に向けてのプラスと考えればいい。頑張っていきたい」と締めた。何よりも大きな希望は、この舞台に立てなかった全国の高校球児にも届いたはずだ。センバツができた。夏も、できるぞ。昨日より今日。今日より明日。希望を抱き、抱かせる春が始まった。【古川真弥、保坂淑子】

◆パンドラの箱 ギリシャ神話の最高神ゼウスは、人類最初の女性であるパンドラを人間界に送る。その際、あらゆる悪と災いを封じ込めた箱を持たせた。パンドラが好奇心から箱を開けてしまったため、人類に不幸が始まった。ただ、箱の底には希望だけが残っていた。

▽県西宮音楽科の卒業式を終えて君が代を独唱した柏原雅さん 快晴の阪神甲子園球場で、国旗掲揚に合わせて自分の声が乗るのが気持ちよかったです。選手が頑張ろうという思いでグラウンドに立っているのが伝わってきて、その気持ちを後押しできたらと思って歌いました。昨年、コロナ禍で大会が中止になって悔しい思いをした選手たちの姿を目にしてきました。私自身も昨年は、出場したかった音楽コンクールの1つが中止になり、号泣しました。2年分の思いを持ってセンバツ大会に臨む選手のみなさんを応援したいという気持ちがより強くなりました。