MLBと選手会が報酬を巡って一向に歩み寄りをみせず、今季開催のめどが立たない。

米国人にとって重要な日である独立記念日の7月4日に開幕するプランも日程的に難しくなり、殿堂入りした元レッドソックスのペドロ・マルチネス氏(48)ら大物OBからは、ファン置き去りの金銭闘争に苦言も出ている。1994年に起こったストライキの悪夢再び、となるのだろうか。

94年のストライキは、8月11日に選手会によって断行されてから翌年4月25日まで続くという長期の闘争となり、メジャーの長い歴史の中でもワーストレベルの暗黒の出来事ともいわれている。筆者は当時、MLBを取材する記者でもなければMLBの試合をよく見ていたわけでもなく、ストライキのことは実はほとんど知らない。のちに記者としてドジャースタジアムを訪れた時、取材現場で会った現地の報道関係者から「ヒデオ・ノモには感謝している。ストライキのときに球界を盛り上げてくれたから」と言われたことがあり、そんなふうに感謝されるほどのことなのかと少し驚いた。そこまで深刻な状況だったことに、まったく実感がわかなかった。

今回のオーナー側と選手会の対立をきっかけに当時の状況を調べてみると、ストライキによるファン離れは確かに酷かった。94年のストライキ前の観客動員は1試合平均3万1632人だったが、スト明けの95年はそれが2万5260人と約20%減った。80%のファンは戻ってきたといえなくもないが、開幕直後に球場を訪れたファンの多くは、プレー中の選手たちに容赦なくブーイングを浴びせ続け、あらゆる物をフィールドに投げ込んだ。デトロイトのタイガースタジアム(当時)では、車の街らしく車輪のホイールキャップまで投げ込まれたという。抗議の言葉がプリントされたTシャツを身に着け、プラカードを掲げるファンも多く、そこには「$(ドル)マーク」を使った罵倒の言葉が羅列されていた。

94年9月中旬に当時のセリグ・コミッショナーが残りシーズンとワールドシリーズの中止を発表した際、野球メディアも辛辣(しんらつ)だった。ニューヨーク・タイムズ紙は「人々はもう野球に関心を持たなくなる。永遠に野球から離れるファンもいるだろう」と書き、ニューヨーク・デーリーニューズ紙は「もし野球が戻ってきても、ファンは断固としてボイコットすべし」と批判記事を展開した。

今回の労使闘争でも、米メディアは徐々に批判を強めている。6月5日付のUSAトゥデー電子版は「MLBは新型コロナウイルスのパンデミックの渦中で、スポーツ界最大の敗者となった」と、金銭でもめるMLBと選手会を批判した。このままファン離れが加速した94年の二の舞いになるとしたら、残念としかいいようがない。【水次祥子】(ニッカンスポーツ・コム/MLBコラム「書かなかった取材ノート」)