日刊スポーツは「素顔の元イチロー」と題し、引退発表したマリナーズ・イチロー外野手(45)の緊急連載を開始します。筆者はオリックス時代の担当で長く取材を続ける高原寿夫編集委員と、大リーグで取材を続ける四竃衛記者。取材などを通じて知ったイチローの人間性を伝えます。

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イチローといえば、常にクールで、めったに感情を出さないような印象かもしれない。ルーティンを崩さず、マイペースを貫く。それも間違いではない。ただ、イチローが「気遣いの人」であることは、意外に知られていない。

イチローには、元々、人を笑わせたり、喜ばせたりする「ホスピタリティー」、平たく言えば「おもてなし」の精神がある。21日の引退会見では、ファンとの距離感、思いが変化してきたことを明かした。

「ある時は自分のためにプレーすることが、ニューヨークに行った後くらいにですね、人に喜んでもらえることが喜びに変わったんですね」。

神経を研ぎ澄ましてグラウンドに出ることに変わりはない。だが、自分のためではなく、ファン、チームメートを含めた周囲の幸せそうな笑顔に、イチローは心を揺さぶられるようになった。

元々、グラウンドを離れれば、さりげない気遣いをするタイプ。焼き肉を一緒に囲むと、1枚ずつ丁寧に焼き加減を見ながら、全員に行き渡るように鉄板の上に整然と並べる。自宅にゲストを招くと、リラックスしたトークで接客をしながらも、頃合いを見ては自ら料理を運ぶなど、台所に立つ弓子夫人をさりげなくサポートする。2006年のWBC期間中には、行きつけの焼き肉店を貸し切って決起集会を開催。その際は大型バスをチャーターするなど、おもてなしのレベルは極めて高い。担当記者の家庭の出産祝いに、人知れずサインボールを贈ったのも、イチロー流の心優しい気遣いだった。

マーリンズ時代、イチローの除湿剤入りバットケースに若手選手が興味を示すと、すぐに特別注文。ゴードン、イエリチら数選手にプレゼントとして贈った。2015年オフ、マーリンズのデービッド・サムソン社長(当時)ら首脳陣が来日した際には、東京都内の最高級すし店に招待。翌年オフ、マイアミから関係者らが日本へ観光旅行に訪れた際も、できる限りの案内、手配を率先するなど、イチローのホスピタリティーは球団内で大評判になるほどだった。

野球に関しては徹頭徹尾、厳しい一方で、リラックスすれば、とことんサービス精神を発揮する。しんみりするはずの引退会見で、絶妙なタイミングで笑いを取ったのも、イチ流の気遣い。米国で19年間過ごしても、イチローは日本人の「おもてなし」の心を忘れていなかった。【四竈衛】