ヤンキースの田中将大投手(31)がキャンプイン前日の12日、フロリダ州タンパで取材に応じ、楽天時代の監督で11日に死去した野村克也さんに「僕にとって、このプロ野球の世界に入ったときの最初の監督。本当に一からいろいろなものを教えていただいた」と感謝の念を口にした。

野村さんの息子で楽天の野村克則作戦コーチから訃報を受けたときは「言葉にならなかった」と言う。テレビ収録の際にあいさつした2017年以来の再会はかなわず「まさか、それが最後になるとは思わなかった」と無念そうに振り返った。

野村さんには投手としての心構えや野球の奥深さを学び、監督退任後にも生かした。球団初のリーグ優勝を決めた13年の西武戦。9回に救援登板し「困ったときの原点」の外角低めの直球を8球続けてピンチをしのぎ、胴上げ投手になった。「ずっと口酸っぱく教えていただいたこと。本当にピンチの時に、その言葉がふと降りてきて、それを自分で体現することができた。すごく大きな出来事だったなと思う」と述懐した。

田中投手の一問一答は次の通り。

-突然の訃報だった

田中 息子の克則さんから一報をいただいて、お亡くなりになったというご連絡をいただいた。少し前、金田(正一)さんのお別れ会の時も、テレビで監督(野村さん)の姿を見ていたので本当に驚いた。

-楽天監督時代のイメージは

田中 野球に対して、ものすごくいろいろな引き出しを持っているというか、野球というものはどういうものなのかを常に深く考えられている方だという印象だった。

-最後に会ったときに掛けられた言葉は

田中 メジャーリーグに来てから、お会いするときは『手の届かん人になってもうたなあ』みたいなことは、よく言われた。最後も言われたような気がする。(共同)