文字通り、人っ子ひとり見当たらなかった。本来であれば「ダイヤモンドバックス-ブレーブス」が行われるはずだった26日(日本時間27日)、アリゾナ州フェニックスのチェースフィールド周辺は、ビジネス街とは思えないほど、ひっそりと静まり返っていた。

メジャーの開幕戦は、通常の試合とは異なる特有の空気に包まれる。冬を越え、約5カ月間のオフシーズンが終わるのを待ちわびたファンがごひいきチームのユニホーム姿で、足取りも軽く、胸をわくわくさせながら球場へ足を運ぶ。

にぎやかなライブ音楽が鳴り響き、明るいうちからビールを手にプレーボールの瞬間を待つ。いつもはだらしない服装の報道陣の中にスーツ姿が見られるのも、開幕戦ならではの光景だ。今年は、その日がいつになるのかも分からない。

だが、人類には反発力や蘇生力がある。2001年9月11日の中枢同時テロの直後、米国内の機能は完全に停止した。あまりの惨劇と衝撃に、スポーツ界も先行きが見えなくなった。それでも、当時のブッシュ大統領の呼びかけもあり、1週間後に試合を再開した。

球場に詰め掛けた国民は、野球のプレーを楽しむだけでなく、凶悪なテロに屈しない意思を確認し合い、一体感を共有していたかのようだった。極論すれば「たかが野球」かもしれない。されど野球が持つ力は、行政からの発表や通達以上だった。スタジアムに満ちた圧倒的なエネルギーの大きさは、間違いなく記者席にも伝わってきた。

今シーズンの開幕は、5月中旬どころか、6月とも7月とも予想されており、不透明な状況に変わりはない。ただ、世界中がウイルス禍を克服し、野球が戻ってくる際には、過去にないほど、尋常ではない盛り上がりを見せるに違いない。広大な駐車場でバーベキューを楽しみ、超満員のスタンドにホットドッグとポップコーンのにおいが漂う日常を取り戻すまで…。その時のために、圧倒的なエネルギーを蓄積している時期だと解釈したい。【四竈衛】