愛用具のフルサポートでMVPへと導いた。エンゼルス大谷翔平投手(27)とアドバイザリー契約を結ぶアシックスジャパン(東京都江東区)は、バット、グラブ、スパイクなど、ウエアを除く主要ギアを提供。改良を重ねながら、「二刀流」の難リクエストに応えてきた。細部に高性能技術が注入され、デザインにもメッセージがある大谷の5つ道具に潜入した。【取材・構成=中島正好】

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担当者も苦労が報われた米4年目だった。アシックスと大谷のコンビは長く、花巻東時代から同社製品を愛用し、日本ハム2年目の14年から契約を結ぶ。開発製造にはコアパフォーマンススポーツ事業部が携わり、プロ1年目からサポートする河本勇真さん(33)がバットとスパイク、入社3年目の沢野善尋さん(24)がグラブと打撃手袋を担当。ガード類を含め、5種のギアでMVPのパフォーマンスを引き出した。

(1)バット 46本塁打の原動力となった最強ギアは今季、大改造が施されていた。大谷から昨オフ、<1>飛距離ではなく率を上げたい<2>同じ重量(890グラム)で、ボールを乗せて運ぶ感覚からはじく感覚に変えたい、との変更希望があった。 <1>では形状を変えた。河本さんは「動く球への攻略だと思います。ミスヒットでもいい角度でボールが上がるように」と、中央のロゴマーク付近から先端部へと向かうシルエットがミリ単位ではなく、見た目にも太くした。

メジャーでは現在、素材の9割以上をメープル(カエデ)が占める。硬くてはじきは良いが、重い。太くなって容積増となる分、<2>のためには比重を軽くする必要がある。そのため、日本ではあまり普及していないバーチ(カバの一種)材に変更。日本ハム1年目から慣れ親しんだアオダモを封印した。

結果は、ホームラン増につながる「バレル率」でメジャー1位の22・3%をマークするなど、新バットの効果は絶大だった。河本さんも「プロ野球選手で、根元がここまで太いのはあまりいない。違和感はあるし、バランスが手元にくるので(昨季の感覚と)同じように振ると飛ばないが、そこはパワーでカバーしていた」と驚く大活躍だった。

(2)スパイク 日本ハム時代は投打で履き分けていたが、メジャーでは投打兼用の1タイプのみを使用する。そのため、投球時に右足のつま先を覆う革、約40グラムと片足重量の約10分の1以上も占める「ピー(P)革」をなくした。ただ、付けずに投球すれば摩耗ですぐに破損する。切り札は、野球界では前例のない樹脂。耐久性があり、重量も革と変わらない。世界ランク1位ジョコビッチらに提供し、同社で実績のあったテニスシューズを参考に、ほぼ全面をポリウレタン樹脂で覆った。構想から完成まで1年半を要したが、メジャー挑戦に間に合った。

2020年からの新機能は、足袋のようなフラット構造のソール(足底)だ。大谷から「立ち感が良く、フラットに立ちたい」との要望があった。投手では右足、打者では左足、ともに片足1本で立った際に、バランスが崩れないように、との意味だった。河本さんは「普通なら、スイング時に踏ん張れるとか、力を入れる瞬間を重視する。大谷選手は準備の段階、姿勢を大事にする」。すでに、かかと部を4本歯に増やして安定性は高めていたが、新たに金具を支える樹脂をクッション内に埋め込んだ。10個の微少な凸部が消え、「素足で立っている感覚に近い」(河本さん)と、歯だけがソールに出る仕様にした。

デザインは「日本人なので」と大谷希望の和心を踏襲する。コンセプトは2019年までが「枯山水(かれさんすい=日本庭園の様式)」、2020年から「残心」。武道などで用いられる「心が途切れない」という言葉に、二刀流完走に肝要な「集中力持続」の意味を込めた。

大谷が日米で二刀流を体現したことは、野球の普及発展にも寄与するものだった。特に高校野球は、エースで4番は珍しくなく、降板後も守備に就くケースが多い。スパイクは高野連の規定で「革製のみ」と決まっていたが、同社が樹脂製の利便性を紹介したところ、導入直後の18年、つま先のみ使用を認められた。大谷がルールも変えていた。

(3)グラブ 「縦閉じ」で使用する大谷のため、小指部分を分割したベルト構造など、昨季から機能的な変更はない。ただ、デザインに「復活」への誓いがあった。表面のつやを消し、金の塗料をまぶすアンティーク風な加工を施し、ウェブ部にはフェニックス(不死鳥)をモチーフにした刻印を入れた。沢野さんは「今までにないデザインで気に入っていただけました」とモチベーションを高めた。

(4)打撃手袋 グリップエンドに近いため操作性にも影響する小指。その機能性を求めて改良を続けている。ベルトは通常、小指側から巻くのが一般的だが、大谷は13年秋から親指側からの「逆巻き」。小指のフィット感が高まり、グリップ力が上がった。大谷から生まれた「逆巻き」は同社の特許にもなった。また、プロでも市販の規定サイズを使用する選手が多い中で、手のひらを採寸し、ジャストサイズで提供する。今季は「型自体は今年からなので、素材と型がマッチしたが21年の特長」(沢野さん)と理想的に仕上がった。

(5)ガード プロ1年目から右手甲、右肘、右足の3点セットで、死球や自打球から守っている。特に手甲ガードは、導入の先駆けになり、大谷モデルが業界内で基本型になる。その後メジャーにも波及し、MVPを争ったゲレロ(ブルージェイズ)も使用する。

また今季は、大谷自作のロゴを入れた。バットを除き、スイング時の上半身と投球時の全身を合体させた「二刀流」の絵が浮かぶ。自身の写真を画像編集アプリで加工したという。河本さんはMVP受賞の報に「想像もしていなかった」と喜んだ。大谷の印象については「常識にないもの、新しいものへの抵抗がない。フラットな目線で見てくれる。その中でも基本の軸はぶれず、ときに大胆に変える」と、個性的なリクエストには学ぶことも多いという。来季モデルの話し合いは始まってないが、新たな構想を温めながら、二刀流の進化を支えていく。