フルスイングでとらえると、軟球は隣の体育館の屋根に弾んだ。「見せつけてやりましたよ。中途半端よりその方がいいでしょ」。

 野球を始めた小学生の娘に付き添う親子大会。透き通った青空高く、白球を舞い上げたのは、西武星孝典2軍育成コーチ(34)だった。「大人げない」と言われても気にしない。屈託のない笑顔が冬の日差しに映えた。

 今オフ、西武から戦力外通告を受けた。すぐにコーチ就任を打診されたこともあり、12年のプロ生活にピリオドを打つ決意をした。今までとはまったく違う立場、仕事。新しいシーズンに向け、何を準備したらよいのかも分からない。

 10月のフェニックスリーグでコーチデビューを果たしたが、戸惑うこともあった。ふと、ある指導者の姿が頭に浮かんだ。巨人時代に指導を受けた野村克則コーチ(現ヤクルト1軍バッテリーコーチ)だった。

 「何かを質問した時、いつも迷いなく、はっきりと答えを出してくれた。自分のことをちゃんと見てくれているんだと感じました」

 何かを問われて、戸惑っているようでは、教えられた方も戸惑う。カツノリさんのように、自分も胸を張って選手と接したい。星は理想の指導者にならうことにした。まずは教え子たちをしっかりと見ることだ。

 12月。星はスコアラーから選手のプレーを収めたDVDを借りた。連日、自分が担当する捕手の動画をほぼ1日かけて見続けた。メモをとりながら、同じ場面を繰り返して見れば、自然と時間はかかる。

 メモ自体も、1度動画をチェックするたびに、10ページ近くになる。指導の「アンチョコ」になるかもしれないノートは、あっという間に数冊になった。

 選手を熱心に観察し、改善の可能性を探るうち、かえって「自分もこうしていれば」と未練に思うこともある。迷いをふっ切るため、さらに観察に没頭する。

 現役時代なら、親子野球大会で軟球を全力で打っただろうか。「中途半端じゃない」大人げないスイングには、迷いもなかった。冬空に舞う一撃は、現役への未練を断ち切って、指導者として踏み出す一歩でもあったかもしれない。【西武担当=塩畑大輔】