鉄人の跡を追う足音が大きく聞こえたのは昨年11月下旬だった。広島市内のトレーニングクラブ「アスリート」を訪れると16年リーグMVPの広島新井が汗を流していた。まだ、大分・湯布院でのリハビリキャンプに参加しているはずだが…。いぶかって聞くと「湯布院から、そのまま来たよ。それより来年、阪神はどう?」と事もなげに言う。

 1月10日の日刊スポーツ大阪版で、阪神金本監督の「鉄人前夜」をクローズアップする企画「猛虎のルーツ」を担当した。プロ1年目の92年から、試合後でもジムを訪れたのだという。当時のトレーニングシートも掲載し、2軍時代の歩みが分かる内容だ。もう25年もたったが、いまも同じことをしている人たちがいる。トップアスリートの志に直接、触れられるのは野球記者として、いや、ひとりの人間として幸せだ。

 今季40歳の新井に慢心なし。時間を縫って練習を継続する姿に感服していると平岡洋二代表が意外な事実を明かした。「鈴木誠也がシーズン中に10キロも体重が増えていたんや。あり得ない。金本でもシーズン中、5キロほど体重が減るのが当たり前。コツコツ、ウエートやっていたんだろうな」と舌を巻く。昨年11月は82キロだったが、丸1年で92キロまで増量したのだという。

 ブレークした昨季は打率3割3分5厘、29本塁打、95打点で優勝に貢献。「神ってる」流行語大賞にスポットライトが当たるが、舞台裏では、たゆまぬ練習を続けていたのだろう。あまりにもひそやかな、常識破りの10キロ増に、新たなスター候補生の自負を見た。

 日本ハム時代、金本に師事した、米大リーグ・レンジャーズのダルビッシュは今オフ、筋力トレーニングの重要性をSNSで発信する。かつて指導した平岡代表は「『真っすぐが速くなった。疲れにくくなりました』と言うていた」と思い起こす。かつては走り込み至上主義でウエートトレーニングNGだった、投手の練習法に一石を投じた。金本監督の歩みが、プロ野球のトレーニング風景を変えた。【酒井俊作】

 ◆酒井俊作(さかい・しゅんさく)1979年(昭54)、鹿児島県生まれの京都市育ち。早大大学院から03年に入社し、阪神担当で2度の優勝を見届ける。広島担当3年間をへて再び虎番へ。昨年11月から遊軍。今年でプロ野球取材15年目に入る。趣味は韓流ドラマ、温泉巡り。

 ◆ツイッターのアカウントは@shunsakai89