太陽が照りつける宜野座で「球団席」に座っている葛西稔に声を掛けられた。「小野はどうだ? ちゃんとやっているか」。東北地区をカバーし、ドラフト2位右腕、小野泰己の担当スカウトである。新人は若い虎番が取材する。だから、ほとんど接点はないが、先日、印象深い光景を見た。

 1月下旬の鳴尾浜。藤浪がブルペンで投球を始めると吸い寄せられるように、高卒ルーキー2人が見学し始めた。間もなく通り掛かったのが小野だ。確かに、チラッと投げている姿を見たのだが、すぐに視線を戻し、何事もなかったかのように悠然と歩いていった。プロ入り間もないが、同い年のエース右腕への「ミーハー」はまるでない。心の強さに触れた気がした。

 新人はプロで生き残れるか「品定め」される宿命だ。だから、スカウトはキャンプも密着し、担当選手をフォローする。「やっぱり気になるね」。親にも似た心境だろう。かつて阪神で先発の一角として活躍した葛西はいま、自らの経験を頼りに逸材発掘に力を注ぐ。富士大でプレーしていた小野も、その眼力がとらえた1人だ。「一番は腕の振り。肘の使い方、速球の質…」。ほれた点を挙げつつ、いちずさにも共感した。

 「大学の監督に『失敗して悔しいことがあったら、いなくなって、ずっと練習していた』と聞いた。見た目はおとなしいけど、やることをしっかりやるなと」

 こんな逸話がある。昨年3月の関東遠征。オープン戦での不振を豊田圭史監督に叱られると、試合中に失踪した。試合後のミーティングにも出ない。騒然となり、コーチやマネジャーらが総出で探した。「ブルペンの隠れたところで、ネットに向かって投げていたんです」と同監督。「自分を持っている。自分のペースを崩さずにやれるのはプロ向きでしょう」と話した。

 それでも、葛西は「上半身の使い方はいいけど、下半身がまだまだ。未完成だよね。プロの体になっていない」と心配顔で言う。独り立ちするまで、この心持ちは続く。キャンプ直前には、こう伝えた。「自分を知ってもらうため、しっかり意思表示しなさい」。ルーキーのずぶとさは通用するか。沖縄の見どころの1つである。(敬称略)

 ◆酒井俊作(さかい・しゅんさく)1979年(昭54)、鹿児島県生まれの京都市育ち。早大大学院から03年に入社し、阪神担当で2度の優勝を見届ける。広島担当3年間をへて再び虎番へ。昨年11月から遊軍。今年でプロ野球取材15年目に入る。趣味は韓流ドラマ、温泉巡り。

 ◆ツイッターのアカウントは@shunsakai89