正捕手争いについて、作戦兼バッテリーコーチの阪神矢野燿大に話を聞いていると目の前を岡崎太一が通り掛かった。すると、ニヤリと笑って痛烈なジョークをかます。「タイチも去年、開幕スタメンで歴史に名前を刻んだから、もうエエやろ~」。間髪入れずに、岡崎は「いえ、今年も僕です」と言い切った。これはキャンプ取材の一コマである。

 先日、味わい深い光景を見た。通常練習が終わった後、傾く夕日に照らされながら、岡崎がたった1人でワンバウンドの捕球を繰り返していた。コーチはいない。観客席で見ていたファンもわずか5人。投手役の片山ブルペン捕手の声が響く。「危ないよ。(体が)飛んでしまっている」。球が股の下を抜ければ痛恨の暴投になる。だから、低い態勢になって体の前に落とす。小一時間、身をていする動きを黙々と確認した。

 自主練習だという。岡崎は「土の硬さや投手の球の軌道などから、だいたい(手前で)止められるけど、ブルペンで捕っていて、前にはじきすぎたりしていた。紅白戦では、しっかりできていたけど、気になるのでやっておこうと」と説明した。不規則なバウンドを上体で止め、ミットに収める動きを念入りにチェックする。単調で、地味なメニューをすすんで行った。

 投手の球を捕りきる。教訓があるから、準備を怠らない。「去年、マテオの暴投を捕れずに同点にしてしまった…。岩貞の勝ちを消してしまったことがあったんです」と振り返る。5月20日広島戦(甲子園)は1-0のスコアで9回に守護神が登板。岡崎も同じタイミングで抑え捕手として出場した。無死一塁で新井への4球目。走者に気を取られ、内角への抜け球を捕れなかった。直後に同点にされ、敗戦へとつながったミスを、いまも自戒する。

 誰も見ていない練習だったけど、小さな失敗を見過ごさない姿が頼もしく映った。手伝っていた片山も元捕手だ。「ワンバウンド処理は反応。ずっとやっておかないといけない」と言っていた。坂本、原口、梅野とのレギュラー争いはまだ続く。この日は若手捕手が特守を行うなか、ドーム内で1人、スローボールを打ち込んだ。チーム最年長捕手の33歳は静かに闘志を燃やしている。(敬称略)