西武辻発彦監督(58)が、ボブ・デービッドソン審判員の引退を受けてコメントした。1、2軍合同練習となった、22日の高知・春野キャンプ2日目終了後に一報を聞くと「まずはおつかれさまでした、ですけど、きっと死ぬまで忘れない名前です。顔も浮かんできます」と苦笑いしつつ遠い目をした。

 コーチとして出場した06年WBC。2次リーグ米国戦で、デービッドソン審判員との「因縁」が生まれた。同点で迎えた8回1死満塁の場面。三走の西岡が左飛にタッチアップして生還した。しかし、離塁が早いと米国が抗議すると、同審判員は球審として判定をアウトに覆した。

 三塁コーチを務めていた辻監督は「ゆっくりスタートしておけばいいぞ」と思いつつ、西岡のスタートを確認した。つま先が三塁ベースから離れる様も、目に焼きついている。それだけに、敗戦につながった“世紀の誤審”を、今も忘れることができない。

 一発勝負では、何が起きるか分からない。サッカーW杯でのマラドーナの“神の手ゴール”や、シドニー五輪柔道篠原が内股すかしを「すかされた」誤審など、他競技でも信じられないような出来事が勝敗を分けた例もある。

 デービッドソン審判員による裁定も、またしかり。スタートに問題はなかったという確信に変わりはないが、世紀の誤審は「教訓」としても辻監督の胸に残っている。

 デービッドソン審判員の引退が伝わってくる直前の日本時間22日昼ごろ、辻監督は選手たちに試合形式の総合練習を課していた。犠飛の場面。三塁走者のタッチアップのスタートが、わずかに早かったようにも見えた。

 辻監督が三走に「デービッドソン!」と注意を求めたのは、引退にからめたウイットではなく、まったくの偶然だった。しかしそれだけ「何が起きるか分からない。念には念を」との教訓が胸に強く刻まれているということでもある。

 苦い思い出も、今は大一番で勝つための「肥やし」になっている。勝負は細部に宿る。就任後初の春季キャンプ。辻監督は選手たちに、勝つための意識づけを続ける。