11年3月11日に起きた東日本大震災から、今日11日で6年の時が経過した。震災当時は西武に在籍していた楽天岸孝之投手(32)は、仙台が生まれ故郷。昨年FA移籍を決断し、新天地で初めて「3・11」を迎える。地元愛にあふれるからこそ、現実を直視出来なかった男が、素直な思いを口にした。

 震災について岸は多くを語ってこなかった。故郷への思いが強いからこそ、地元の変わり果てた姿と向き合うことができなかった。

 岸 この6年間、震災について話してこなかった。地元の東北に、仙台に、震災が起きて。どうしたらいいのか…。すごく身近な人であったり、場所が津波で…。高校(名取北)の近くも被害を受けたりしていて。正直、怖かった。埼玉にいながら、忘れちゃいけないと思いながら、何もできなかったし、特別に何かをすることがなかった。

 身近には親族を亡くした人がいた。津波に家を流された人もいた。ただ地元出身だからといって、震災について語ることは、何かが違うと感じた。FAを決意し、プロ入りから10年を過ごした西武から楽天入りを決断。

 岸 今回、地元のチームに来た。だからといって、あえて震災があったから来たとか、言いたくはない。自分で「震災のために」と言うのは簡単な気がして。口だけになることは嫌だった。

 当たり前だった日常が変わってしまった。それを知ることが怖かった。その中で、何をするべきか-。地元に戻るにあたって、岸の中で、止まっていた時計の針が再び動きだそうとしている。

 岸 改めて6年たちましたけど、向き合って、何かをやっていきたい気持ちはある。だからといって、何をすることが、いいか分からない。野球でしかない。単純に東北のみなさんに純粋に野球を楽しんでほしくて。「地元の岸が投げてくれて、元気をもらえる」と、思ってもらえるだけでいい。

 愛する故郷で、野球をプレーする。何かをすることが、正解ではない。岸にとっての復興は、そういうところにある。【栗田尚樹】