星野にとって倉敷商の3年間は別格だった。半世紀以上前のことでも、追憶のかなたには位置していない。「野球人生で一番、思い出がある。だってホントの出発点だもん」。

 高校野球が自分の根っこにある。出発点が挫折だったから、今でも夢を追い続けることができる。「中学生から『君の力で甲子園に』と言われてコロッといってしまい、倉商に行って、決勝で番狂わせと言われる事柄があって、オレの人生がある。甲子園に行けなかったのが、逆に良かったな」。当時の気持ちを丁寧に読み解いてみると、高校野球が星野仙一という人格を形成したのだと分かった。

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 みんなを甲子園に連れて行けなかったこと。みんなが行けると思っていた。そりゃ普通、試合をひっくり返されたら怒るよ。だから、人生というのはさ…負けたら取り返しがつかない。返ってこないんだから。

 甲子園では挫折した。次は神宮だ、神宮の次はプロだと。みんなには申し訳ないけど、夢がどんどん大きく膨らんだ。打ち砕かれたことで、ものすごく、気持ちが次に向かっていった。

 オレはね、高校生の当時から、妙に冷めている一面というか、もう1人の自分が、野球をしている自分を客観的に見ているところがあった。オヤジのいない環境で育ったことも影響しているのではないか。それは今でも変わらない。

 先輩たちの投げるボールを見て「今は、絶対にプロでは通用しない」と分かっていた。もしあの時、コールドに近い形で甲子園に行っていたら、どうだっただろう。勘違いして、てんぐになって「いきなりプロに行って、やれるんじゃないか」とか、バカな考えを起こしていたかも知れない。夢があって、現実があって、でも夢に向かってまた、進んでいく。高校野球は、そうやってオレを大きくしてくれたんだ。

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 「みんな高校野球の卒業生だろ」。柔和な顔が急に変わった。「アマチュアの指導者が、どれだけ苦労して1人の人間を育てているか。でもプロはドラフト会議という名のもとで、お祭りみたいに騒いで1位、2位とか順位をつけて、おいしいところを取っていく」。もっと野球界を1つに。「野球人口が減っている本当の危機感について、まだピンと来ていない人が多い。口では『危機』といっても、どれだけやっているかは疑問だ。実効性を伴わなければ意味がない」。本当の恩返しとは-。大胆な腹案がある。(敬称略=つづく)

【宮下敬至】