プロ野球広島の内野手で、国民栄誉賞を受賞した衣笠祥雄(きぬがさ・さちお)氏が、23日夜に上行結腸がんのため東京都内で死去したことが24日、分かった。71歳だった。

 「長嶋さんに申し訳ない」。今から10年前に国民栄誉賞受賞の感想を聞いた時の衣笠さんの言葉だ。当時、球界の受賞者は王貞治さん、衣笠さんの2人だけだった。その敬愛する長嶋茂雄さんと同じサード、背番号3になったのはルーツ監督が就任した1975年(昭50)。浮かれる衣笠さんを叱ったのが父啓太さん。「お前にはプライドというものがないのか」。一塁手、背番号28を大切にしろ、というメッセージ。血のつながりこそなかったが、誇りに思う息子への愛に満ちあふれている。

 プロ入り後、芽が出なかった時期に「本気で野球に取り組まないのなら辞めろ。会社を世話してやる」と迫った木庭教スカウト。朝帰り時に宿舎玄関で待ち構え、素振りを強要した関根潤三コーチら「父を始め、甘えん坊の私に厳しく接してくれた人々がみな恩人」と話していた。

 取材は東京・芝の東京プリンスホテル喫茶室が指定だった。話に熱中していた時、歌手の五木ひろしさんが「ご無沙汰しています、衣笠さん」とあいさつに来た。衣笠さんは「気が付かなかった。こちらから行かないとね」と顔を赤らめた。78年には十二指腸潰瘍を患った繊細な人だった。

 現役時代に啓太さんはスタンドから「人の道を踏み外すな」と叱咤(しった)激励した。息子は父の期待を生涯裏切ることはなかった。今頃、天国で母きぬさんと3人で食卓を囲み、母手作りの五目ずしをほおばっているのだろうか。【国分泰佐】