投手が口にするボールの「キレ」。分かるようで分かりにくい究極のテーマに挑戦する男たちがいる。発売から約3カ月で入荷1万本を超え、野球界に新たな風を吹き込む、投げるだけで格段にキレがUPするギア「キレダス」。開発メンバーの1人、津口竜一(41)の挑戦を中心に、令和のガリレオたちの熱い思いに潜入する。(敬称略)【取材・構成=久保賢吾】

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令和のガリレオたちを照らす赤ちょうちんは、投手にとって永遠の課題を解決するおぼろげな光、いや閃光(せんこう)だった。

1年前。津口は社会人野球のTDKで後輩だった藤田剛士、競輪界に身を投じた球友、高木修二とグラスを傾けていた。いかにも夏、の蒸し暑い夜がビールを促してのどが潤い、久しぶりの再会もおおいに盛り上がった。

散会の直前、津口が藤田に問い掛けた。「野球教室やってたよね? 最近どうなん?」「実は、こういうのを使ってまして」。スマートフォンに眠る1枚の動画を開いた。子どもたちが、矢のようなものを投げている。矢を投げる前と後で、投げるボールに明らかな変化があることも見て取れた。「今日一番に言わんとあかん話やん」。そう突っ込んでみたものの、津口は同時に、一気に酔いがさめていく自分に問いかけていた。「これは、ひょっとするんちゃうかな」。

ボールのキレを増すには、どうすればいいか。後に「キレダス」と命名されるその矢は、藤田が悩み、考え抜いた結晶だった。

野球教室で「ボールを前で離す」「肘を上げる」と教えても、子どもたちにはピンと来ない。少しでも具体的に…手首を立てて、力まず前でリリースすることをイメージしやすいように「飛行機を飛ばすように投げてみなさい」と言ってもイマドキの子、紙飛行機で遊んだ経験が少なく、うまく伝わらない。「知らないんだったら作ればいい。遊びから、楽しくやればできるんじゃないか」。

目的は正しい投げ方で、キレのあるボールを投げること。イメージを分かりやすくするために「紙飛行機」という言葉を使った。この手順に素直に従って、形を作り上げていった。

プラスチックのボールをくりぬき、おもちゃの飛行機をはめて(写真<1>)試投した。「がらくたレベルで全く飛ばず、想像した動きではなかった」。ボールを投げる動作と紙飛行機を飛ばす動きを頭の中で繰り返し、イメージした。ボールに棒と羽根をつけて、形状そのものを飛行機のような形にした(写真<2>)。空想と実際が一気に調和した。さらに2枚だった羽根の形状に修正を加えた(写真<3>)。半年間の没頭だった。

-居酒屋での夜から数日後。キレダスを試投した津口は、一瞬で現役時代にタイムスリップした。「大学の時につかんだ、前でボールを離す感覚がよみがえった」。2年の合宿時、200球を超える投げ込みの末につかんだ、奥底に眠っていたはずの感覚。「いけるんちゃうかな」の予感は確信に変わった。

球速を追い求める投手だった。TDK時代の06年、都市対抗で優勝した時の先輩でエース野田正義は、130キロ台の直球でも社会人の強打者を抑えた。「130キロでも打者が振り遅れる。球速も大事ですけど、キレの重要性を身をもって感じた」。主戦になれなかった津口にはキレに対する憧憬(しょうけい)があり、その大切さをよく知っていた。そして、投手にとってどちらが大切なのかも-。

藤田から「藤田棒」と紹介された矢。投手にとって救世主となると確信した津口は「それは、あかんやろ」と名前を考えた。「キレダス」。ネーミングもまたひらめきだった。のちに「ノビルン」「ノビタス」「ライクアロー」と候補が挙がったが、ひらめきを信じた。

発売から約3カ月、子どもたちをはじめ、プロ野球界ではヤクルト五十嵐らも愛用している。「キレダス」は上昇気流に乗った。赤ちょうちんに集った縁が羽ばたいて、令和の野球を明るく照らす。

○…キレダスは使ったその日から感覚の変化を感じる人も多く、購入者からはテクニカルピッチ(SSK社)による計測で球速アップや回転数の増加など、目に見える変化の声が寄せられる。藤田によれば、正しいフォームでなければキレダスを地面にたたきつけるケースなどがみられ、15メートルほど投げられるようになれば、フォームにも変化が表れるという。津口は「自分のポテンシャルを引き出してくれる。投げる感覚をつかんでほしい」と話した。

◆問い合わせ キレダスノーマルは3850円、キレダスアスリートは5500円(ともに税込み)で販売。問い合わせは、キレダス公式ホームページ(https://backstage-baseball.com/kiredas/)まで。

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◆津口竜一(つぐち・りゅういち)1979年(昭54)5月22日生まれ、大阪市出身。小学3年でソフトボールを始め、中学では陸上部に所属し、走り高跳びで大阪市大会で2位。北野高入学を機に野球を始めた。千葉大2年秋から5季連続で奪三振王を獲得し、社会人野球のTDKに入社。7年間プレーし、3年間社業に専念した後に退社。14年に「株式会社スマイルプランナー」を設立。

◆藤田剛士(ふじた・たけし)1982年(昭57)6月29日生まれ、富山・高岡市出身。小学1年で国吉北斗ジュニアーズで野球を始め、6年時に投手で全国大会出場。中学でも高岡シニアで全国大会に出場。高岡向陵高での最高成績は3年夏の県8強。富山国際大ではベストナインに2度選出。社会人野球TDKに入社し、06年都市対抗では優勝に貢献。退社後は富山ベースボールでプレーした。

<特殊な野球トレーニング器具>

◆CUBA(クバ)ボール 巨人、メッツなどで活躍した高橋尚、西武内海らが使用した。その名の通りキューバ発祥で重さ約1キロ。地面にたたきつけ、球速アップにつなげた。

◆リアラインコア 巨人杉内(現2軍投手コーチ)は上半身に巻き付けた中でトレーニングし、体のゆがみを整えた。

◆カウンタースイング 広島中村奨が広陵時代に使用した。フォーム修正用のバットで、スイングすると「カチ」と音がすることから「カチャカチャバット」とも言われる。

◆ジップヒットプロ フックをフェンスなどに取り付け、投手役がハンドルを引くとボールが飛び出し、打撃練習できる。ボールはひもでつながれ、投手役に戻るため小スペースで可能。ヤンキースのジーターが紹介し、話題を集めた。

◆スピントレーナー ミズノ社が販売する。キャッチボールすればボールの回転を確認でき、肩、ひじ、手首の使い方を練習できる。板状で指先で握るため、正しいボールの握り方を覚えるのにも最適。

◆レブナマスク 巨人田口が、昨オフの自主トレで使用した。心肺機能を高める効果があるとされ、キックボクサーの那須川天心も使用する。