全国の離島球児たちが集う“離島甲子園”「国土交通大臣杯

 第7回全国離島交流中学生野球大会」(日刊スポーツ新聞社後援)が8月18~21日、新潟・佐渡市で開催された。プロ野球元ロッテの村田兆治氏(日刊スポーツ評論家)が提唱した大会で、北海道・礼文島から沖縄・石垣島まで過去最多の23チームが参加。決勝では、種子島中(鹿児島)が対馬ヤマネコボーイズ(長崎)を3-1で下し、初優勝を飾った。来年は長崎・五島市で開催される。

 甲子園から遠く離れた佐渡市で行われた、もうひとつの“甲子園”決勝。種子島中が深田球児内野手(3年)の大車輪の活躍で、鹿児島県勢初優勝を決めた。

 1-1の4回1死一、二塁で、エース牛野海斗(同)を救援。130キロ台中盤の“炎の直球”を軸に、ヤマネコ打線を2安打0封。「直球がきていたので、どんどん押していこうと思っていた」と納得顔だ。

 決勝打も深田のバットから生まれた。5回2死一塁で右翼線を破る三塁打。「自分で決めてやろうと思っていた」。投打に主役となり、最優秀選手賞に輝いた。

 “種子島の球児”の奮闘は、憧れの人にも届いた。同名の米大リーグ、カブス藤川球児投手がブログでコメントを発信。「おめでとう!!

 素晴らしい。僕よりも素晴らしい選手にきっとなれるはずだから!

 僕もその時まで頑張って現役で居られる様に毎日努力します!

 いつか会えると良いね」とエールを送られた。

 深田は「メジャーリーガーに名前を知ってもらえてうれしい」と感激。「プロに行って勝てるように努力するので待っていてください」と目を輝かせた。高知商2年時に、夏の甲子園に出場した藤川を見た父悦生さんが「球児」と名付けた。生後間もない頃、悦生さんがボールを握らせると、離さなかったという。運命に導かれ、球児は白球を握った。

 種子島中は昨年8月、全国中学校軟式野球大会で優勝。全国の強豪校から、礼儀正しいあいさつや自主的に球場のごみ拾いをする姿勢を学んだ。離島の仲間と流した汗と培った経験、憧れの人から届いたエールが、次のステージへの道しるべだ。